火星衛星探査計画 MMX その 1「MMX が開く新しい扉」
特集「もう一つの月世界へ : 火星衛星探査計画 MMX」

原文 - 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第32巻(2023)2号 - PDF



倉本 圭(北海道大学, 宇宙航空研究開発機構)


この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 



要旨

火星衛星探査計画 MMX ( Martian Moons eXploration) の探査機開発が,来年の打ち上げに向け佳境に入っています.今号から,MMX 計画について紹介する連載を開始することにしました.色々な切り口から,MMX の魅力,奥行き,面白さを,お届けしたいと思います.第一弾の今回は,MMX の目的地である火星の月と,MMX 計画の狙いと概要について,紹介します.
 

90 余の月を従える木星を筆頭に,太陽系の巨大惑星がそれぞれ多くの月を保有するのと対照的に,地球型惑星の月は全部でたったの三つしかありません.そのうち二つが火星の Phobos と Deimos であり,残り一つの地球の月は,いうまでもなく探査機と人間が到達した無二の地球外天体です.

地球の別世界の最初の直接探査,つまり地球の月の探査は,今日の惑星科学の扉を開いたといってよいでしょう.地球の月は,自身だけでなく,地球や太陽系の形成と進化について実に多くことを私たちに語りました.太陽系に 45 億年の歴史があること,月は母惑星地球とともに幾多の激しい天体衝突を経てきたこと,誕生直後は熱でほぼ全体が溶けており,それが冷えて原始地殻が形成した後も,しばらくは活動的で噴火活動を繰り返していたこと,そして太古の地球が原始惑星の巨大衝突を被り,その副産物として月が生まれたことは,いずれも地球の月の調査から初めてわかったことです.

火星衛星探査計画 MMX の目的地は,地球にもっとも似る表層環境を持つ惑星である火星が従える月たち,Phobos と Deimos です.火星は,現在こそ大気が薄く,寒冷な砂漠で覆われた惑星ですが,浸食地形や堆積物の調査から,太古の火星には,濃密な大気,大量の水を湛えた海,そして水循環があり,地球にもっとよく似た姿をしていたと推定され,今も残る地下水圏に微生物が生き延びている可能性も指摘されています.私たちは,この火星の上空に浮かぶもう一つの月世界の調査から,未だ定説がないこれらの月の起源を決め,そして大気と水を保有する,生命の生存が可能な惑星の形成過程について知ることができると考えています.

ところで,これほど太陽系の調査が拡大し,惑星形成の理解が進んだなか,火星の月の起源が未だに分かっていないとは,いったいどういうことなのでしょうか.人類が,火星に小さい二つの月があることに気付いたのは1877年のこと,発見者は米国の天文学者 Asaph Hall でした.とても小さな天体であるため,地上望遠鏡の観測では点光源にか見えず限界がありましたが,今では,火星探査機による観測などから,すくなくとも外見についてはかなり良く分かってきています.大きさは地球の月のそれぞれ 1 / 160(Phobos),1 / 280(Deimos)ほど,大小の衝突クレータに覆われたいびつな形をしており(図 1),空隙のない岩石に比べ明らかに小さい密度を持っています(Phobos 1.86 g / cm 3 ,Deimos 1.47 g / cm 3 ).こうした特徴は,小型の惑星と言えるほどの大きさを持つ地球の月とは対照的です.表面の色は黒っぽく,波長別の日射の反射率も炭素質小惑星に似ています.ここから,火星の月は,小天体が火星の重力に捕まったものである,という「捕獲説」が唱えられてきました.捕獲の仕組みとしては,生まれたての火星は周囲の原始惑星 系円盤ガスを引き付けて大きく広がった原始大気を持っており,その空力抵抗によって接近遭遇天体が火星の重力につかまる機構が提案されています.
 

Image Caption :
図 1. Phobos(左)とDeimos(右).三軸不等楕円体で近似した三軸半径はそれぞれ 13 km x 11.4 km x 9.1 km(Phobos),7.5 km x 6.1 km x 5.2 km(Deimos).画像はそれぞれ Mars Reconnaissance Orbiter の撮像.明るさと色のコントラストが強調されており,実際はどちらも黒っぽい色をしている.
Image Credit : NASA /JPL- Caltech/University of Arizona.
 

もしこれが本当だとすると,できたての火星に水や有機物を含んだ小天体が多数飛来して,火星に大気と水を供給する一方,たまたま落下を免れて,火星を周回するようになったのが火星の月だと考えられます.この場合,木星などの巨大惑星が軌道を大きく変えたことで,太陽から遠方でできた氷と有機物を豊富に含んだ天体の軌道が乱され,一部が地球型惑星領域に入り込んできたとする,地球型惑星への水の供給過程として有望視されている仮説が実証できるかもしれません.

しかしこの捕獲説には異論があり,それは火星の月が「整った軌道」を持つことから来ています.実は,火星の二つの月は,母星の自転と同じ向きにほぼ円軌道で周回しています(図 2).
 

Image Caption :
図 2. 火星の月の「整った」軌道.どちらも火星の赤道上をほぼ円軌道で公転している.公転半径は Phobos が 9376 km(2.76 火星半径),Deimos が 23463.2 km(6.92火星半径)で,Phobos は火星静止軌道半径(6.03 火星半径)よりはるかに内側を公転し,軌道周期は 7 時間 39 分 12 秒と,火星の一日の長さ 24 時間 37 分に比べたいへん短い.両衛星とも公転と自転が同期し,常に同じ面を火星に向けている.
Image Credit : 遊星人/中央の火星の画像 ESA, CC BY - SA 3.0 IGO.
 

火星の赤道面と月の軌道面の傾きは,ほんの 1°から 2°しかありません(Phobos 1.02°,Deimos 1.788°).火星に接近遭遇する小天体はランダムな方向からやってくると思われ,捕獲天体が二つとも整った軌道に入る確率は非常に低いと見積もれます.そこで,かつて火星に大規模な天体衝突があり,飛び散った大量の破片が,火星の周りに円盤(リング)を作った後に,破片同士が次々に合体して月ができたとする巨大衝突説が新たに提唱されました.この仕組みなら,整った軌道がうまく説明できます.また,火星の北半球に広がる巨大なボレアリス盆地など,火星の月を産んだ巨大衝突の痕跡かもしれない地形が 残されています.もしこれが事実だとすると,火星の月は,原始火星と衝突天体それぞれから飛び散った物質が混ざってできていることになります.ただそうした物質が,火星の月の反射率の特徴と整合的なのかは不明です.

もう一つの月世界は,私たちに何を語るでしょうか.もし捕獲説が正しければ,炭素質小天体が,太古に地球型惑星領域へ運ばれ,火星に大気や海の材料物質をもたらした証となりうるうえ,物質を詳しく分析できれば,もともとの形成位置と形成環境,また木星など巨大惑星の形成と軌道進化が関わった,氷と有機物を含む小天体の形成,進化,移動のプロセスを読み解くことができます.これは地球や金星が水と大気を獲得した仕組みの解明に波及します.もし巨大衝突説が正しければ,いつどんなサイズと組成の天体が衝突したのか,そして衝突直前の原始火星はどんな組成や状態にあったのか読み解くことができます.理論 的に想定されている衝突天体は,火星の 3 % ほどもの質量があり,その組成次第では,太古の火星表面の大気と水のほぼ すべてを供給できるほどの大きさです.衝突天体の同位体組成からは,種々の隕石の組成との対比から,太陽系のどの領域で形成されたのか,推定できます.また,火星の月の起源が何であれ,物質の年代学と,衛星表面の詳しい地形・地質を突き合わせることで,火星の月の衝突史と地質史を,年代目盛りを入れて描くことができます.

Phobos は火星表面から,火星の直径に満たない 6000 km 弱しか離れておらず (図 2),火星上の直径数 10 km 以上のサイズの衝突クレータからの放出物が十分 到達できる範囲にあります.Phobos の表面に混入したこれらの物質を手に入れることができれば,火星の表層の組成,過去の表層環境の変遷,地下の微生物の有無に迫ることができるかもしれません.さらには,Phobos の土壌には火星から流出した大気成分が少し混じっているかもしれません.これを抽出できれば,火星の月のそばからの火星大気観測と併せて,太古に氷を溶かすほど分厚かった火星大気が,現在は薄くなってしまった理由がわかるでしょう.

MMX は,火星の月が秘める情報を読み解くために,八つの科学観測装置を用いた Phobos の連続近接観測と Deimos のフライバイ観測,Phobos からのサンプルリターンを行います.探査機の全体像を図 3 に示しました.
 

Image Caption :
図 3. MMX 探査機の構成.観測機器の大部分は 4 本の着陸脚に囲まれたマイナス z 面に搭載される.着陸脚の先端の着陸パッドを頂点とする正方形の一辺の長さが約 4 m である.MEGANE にはガンマ線分光部 GS と中性子分光部 NS がある.
Image Credit : JAXA
 

装置の主な役割を紹介します.望遠カメラ(TENGOO : TElescopic Nadirimager for GeOmOrphology) とレーザー測距計(LIDAR : Light Detection and Ranging)は Phobos の形状と地形を詳しく調べ,可視多バンド広角カメラ(OROCHI : Optical Raidometer composed Of CHromatic Imagers), 近赤外分光計(MIRS : MMX Infrared Spectrometer, CNES 提供),ガンマ線中性子分光計は(MEGANE : Mars moons Exploration with GAmmarays and Neutrons, NASA 提供),Phobos 表層の鉱物種と元素組成を明らかにします.イオン質量分析計(Mass Spectrum Analyzer)は,Phobos,火星大気,太陽風に由来する種々のイオンを捉え,Phobos からの水蒸気放出の有無,Phobos 表面の元素組成,火星大気の流出などを調べます.ダストモニタ(CMDM : Circum Martian Dust Monitor)は周火星空間でのダストのフラックスを観測し,火星の月の軌道に沿って未発見のダストリングが 存在するのか,ダストの衝突が火星の月の表面の変質にどう影響しているのか明らかにします.ローバー(MMX Rover : CNES と DLR 提供)は,カメラ,レーザーラマン分光計,熱放射計を搭載し,Phobos 表面での車輪の動きの観察,鉱物の分光,地表面からの熱放射の測定などから,Phobos 表面の砂礫の状態や鉱物組成を明らかにします.以上の装置は,着陸点の選定と,採取試料の分析結果の解釈に欠かせない,試料の産状の特定にも使用します.また可視多バンド広角カメラ,近赤外分光計,望遠カメラは,Deimos 観測と火星の広域気象観測にも利用します.

ところで,これらの装置の一部には,とてもユニークな略称が付けられています.望遠カメラ TENGOO は,鏡筒が伸びていることから天狗に,可視多バンド広角カメラ OROCHI は,バンド別に八つの小型カメラを並べていることから八岐大蛇に,ガンマ線中性子分光計 MEGANE は,ものをよくみるための道具である眼鏡(日本語)にそれぞれちなんで名づけられました.

予想される火星の月の物質組成は,起源が捕獲か,巨大衝突かによって異なります.起源が捕獲なら,炭素質隕石と同様の化学組成と含水鉱物に富む鉱物組み合わせになっているはずです.内部には氷も残っているかもしれません.これに対して,巨大衝突の場合は,衝突エネルギーによって物質が強く熱され,また,火星からはもっぱら岩石圏の物質だけが飛散するので,蒸発しやすい元素や鉄に乏しく,火成岩的な特徴をもった物質から火星の月ができていると予想されます.

火星の月が何からできているのかは,帰還試料の分析ではっきりしますが,Phobos の接近観測からもかなりわかると期待しています.たとえば,できたての衝突クレータを見つけて,風化の影響の少ない堀起こされた領域を分光観測すれば,含水鉱物の有無が判別できます.また MEGANE や MSA は Phobos 表層の主要元素の量比を決めることができます.表面から一定量の水蒸気の放出が確認できれば,Phobos に氷があるとわかります.従来の観測は,空間解像度や観測波長帯,観測手法が万全でなく,火星の月の組成は曖昧なままになっています.MMX は格段に良いデータを取って,火星の月の起源に迫ります.

実はこれら八つの科学観測装置のほかにも,MMX 探査機にはアウトリーチを主目的とするハイビジョンカメラ(SHV: Super Hi-Vision camera, NHK 提供),将来の有人火星探査に向け,航行中の放射線環境データの取得を目的とする,放射線モニタ (IREM : Interplanetary Radiation Environment Monitor)が搭載されます.これらの機器のデータも,探査機航法用の機器データと併せ,火星の月の理解に役立てることができます.

MMX 探査機は二種のサンプリング装置を搭載します.主力のコアサンプラ(C - SMP : Core Sampler)は,二重円筒構造になっているコアラーを,マニピュレーターの操作で Phobos 表面に突き刺し,内径約 2 cm,長さ約 10 cm の内側の円筒を引き抜いて試料を回収します.コアラーは 2 セットあって,異なる 2 地点からの採取を行えるよう設計されています.もう一種は,技術デモンストレーションを主目的に NASA から提供されるニューマティック(空気圧式)サンプラ(P - SMP : Pneumatic Sampler)です.これは純粋な窒素ガスを吹き付けて表土を採取します.こちらは 1 地点からの採取に限定されます.回収試料はいずれも,帰還カプセル(SRC:Sample Return Capsule)に収容するサンプルコンテナに移送されます.

MMX は,火星の重力圏の奥深くに一度入り,そこから地球に戻るため,探査機を順次減量する設計になっています.打ち上げ時には,推進モジュール,帰還モジュール,探査モジュールの組み合わせになっており,火星周回軌道への投入が完了したのちに推進モジュールを分離,科学観測を終えたのちに探査モジュールを分離して,帰還モジュールだけが火星重力場から脱出し,地球への帰路につきます.

MMX 探査機は,2024年に現在開発が進められている H 3 ロケットを用いて打ち上げる計画です.約一年かけて火 星圏に到着し,約三年間,二度の Phobos 着陸とサンプル採取を挟んだ科学観測を実施します.そしてまた約一年をかけて地球に帰還します.計画通りに行けば,MMX は火星の月の発見から 150 周年の記念の年に,火星の月に史上初めて軟着陸する探査機になります.また,他の惑星を周回したのちに,地球に帰還する探査機としても世界初となります.

読みやすさを優先するため,本稿では個々の記載について引用文献を付すのは避けています.今回の内容については,本誌に掲載した論文 [ 1 ] あるいは他の専門誌の論文 [ 2 ] により詳しい記載があります.個々の項目についての引用文献については,これらの論文からたどっていただければ幸いです.

次号へ続く.
 

倉本圭さんの TPSJ 掲載論文・記事

特集「火星圏のサイエンス」太陽系ハビタブル惑星の成立を探る火星衛星探査計画 MMX
 

参考文献

[1] 倉本圭ほか, 2018, 遊星人 27, 207.
[2] Kuramoto, K. et al., 2022, EPS 74, 12.
 


お読み頂いた感想等の投稿フォーム

お名前は本名以外でも構いません。Email アドレスは自動返信用であり、収集・公開はしません。
 






Editor : Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

Akira IMOTO. TPSJ Editorial Office