ExoMars TGO と火星衛星探査計画 MMX による火星大気観測
特集「火星圏のサイエンス」 : January 12, 2021. Published

青木翔平(ベルギー王立宇宙科学研究所)、中川広務(東北大学)、小郷原一智(滋賀県立大学)、神山徹(産業総合研究所)、今村剛(東京大学)、笠羽康正(東北大学)

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 



要旨

2018年春,欧州・ExoMars-TGO 探査機による火星観測の本格科学運用が始動した.我々は,同衛星データの解析を進めるとともに,2024年打ち上げ予定の日本・火星衛星探査計画(MartianMoonseXploration : MMX)による火星大気観測の検討を進めている.本稿では,最新の火星探査衛星 TGO 火星大気観測が明らかにする項目を紹介し,将来 MMX 火星大気観測が目指す科学目標を著す.
 

1. 欧州の ExoMars TGO による火星大気観測

ExoMars Trace Gas Orbiter(TGO)は欧州・Euro-pean Space Agency(ESA)とロシア・Roscosmos が共同で進める ExoMars 計画初号機に位置付けられる火星周回衛星である.2号機となる着陸機は2020年に打ち上げが予定されており,それらの連携により,過去から現在の火星における生命の痕跡を詳しく調べようとするものである.TGO は2016年03月14日にカザフスタン・バルコヌーイ宇宙基地から打ち上げられ,2016年10月19日に無事火星周回軌道へ投入された.約1年半に及ぶエアロブレーキによる軌道修正を経て,2018年04月21日より本格的な科学観測が始まった.TGO には科学観測を担う四つの計測器が搭載されている.大気成分を詳細に調べる分光計・NOMAD(Nadir and Occultation for Mars Discovery)・ACS(Atmospheric Chemistry Suite),ステレオ観測が可能な可視カメラ・CASSIS(Colour and Stereo Surface Imaging System),地下の含水量を調べる中性子検出器・FREND(Fine Resolution Neutron Detector)であり,それらの観測から,大気微量成分(TraceGas)を通して火星の地殻活動や生命活動に迫ろうというものである.本稿では,火星大気微量成分観測の主軸を担う NOMAD 及び ACS に焦点をあてる.NOMAD と ACS は非常に似た性能を持ち,相補的に近赤外域を中心に網羅する分光計である.表 1 にそれぞれの装置特性を記した.NOMAD は 0.2-4.3 μm をカバーし,SO,LNO,UVIS の三つの波長チャンネルを持つ [1].SO,LNO は近赤外線分光計であり,echelle grating と音響光学可変波長フィルタ(AOTF)の併用によって,広範且つ高波長分解の達成が可能となっている.さらに,UVIS を SO・LNO と同時運用することで,紫外・可視から赤外までを一度にカバーする.一方,ACS は三つの赤外分光計,NIR,MIR,TIRVIM から構成される[2].NIR は NOMAD/SO 及び LNO と同タイプの AOTF-Grating 型の分光器で,NOMAD ではカバーしない 1 μm 帯の観測を行う.MIR は grating 分光器で,AOTF ではなく,Cross-Disperser を用いて多波長の観測を行う.TIRVIM はフーリエ分光計(FTIR)で,1.7~17 μm の広範囲を網羅する.

表 1 : NOMAD 及び ACS の装置特性.

観測装置 国,PI Channel 波長域 波長分解能 分光方式 観測モード
NOMAD ベルギー
Ann Carine Vandaele
UVIS 200-650 nm dλ~ 1-2 nm   太陽掩蔽
天底※
SO 2.3-4.3 μm R ~ 20000 AOTF
echelle
太陽掩蔽
天底
LNO 2.3-3.8 μm R ~ 20000 AOTF
echelle
太陽掩蔽
天底
ACS ロシア
Oleg Korablev
NIR 0.73-1.6 μm R ~ 25000 AOTF
echelle
太陽掩蔽
天底
MIR 2.3-4.2 μm R ~ 50000 Grating
Cross-
disperser
太陽掩蔽
TIRVIM 1.7-17 μm dλ~ 0.13 cm-1
(太陽掩蔽)
dλ~ 0.8 cm-1
(天底)
FTIR 太陽掩蔽
天底


天底観測(Nadir 観測).衛星から火星地面を直下視する観測モード.
 

火星大気微量成分を検出するには,それらの分子吸収線が豊富に存在する赤外域の分光観測をする必要があるが,存在量が極僅かであることから,高波長分解能・高感度の観測が欠かせない.これまでの火星周回衛星観測では,これらは達成されてこなかった.NOMAD 及び ACS の大きな特徴は,(1)紫外域から中間赤外域に跨る広い波長帯を従来よりも一桁以上高い波長分解能で観測する事,(2)太陽を直接光源にする太陽掩蔽観測により高感度を達成する事,であり,それらにより,CO2(同位体:13CO2, 17OCO, 18OCO, 18O13CO を含む ),CO(同位体:13CO, C17O, C18O, 13C18O を含む),H2O(同位体:HDO を含む ),NO2, N2O, O3, CH4(同位体:13CH4, CH3D を含む),C2H2, C2H4, C2H6, H2CO, HCN, OCS, SO2, HCl, OH, HO2, H2Sの検出が可能となる事である.これらの大気組成の探索・時空間変動の観測により,火星の地殻・生命活動や,大気環境の変遷理解につながる水循環・大気化学を調査する.以下に,TGO の火星大気観測により明らかにされることが期待される項目を挙げる [1, 2].
 

(1)地殻・生命活動 - CH4 及び関連分子

火星大気中の CH4 の存在は,2004年に地上望遠鏡や MarsExpress 衛星の観測で検出が報告されて以降,長年議論の的となっている [3].CH4 の起源としては,地殻活動や生命活動が考えられるが,その生成・消失過程は全く分かっていない.その理由は,CH4 の存在量が極僅かであるために観測の不確定要素が大きい事が挙げられる.近年,NASA Curiosity 探査車による Gale クレータにおける定点 CH4 観測から,(少なくとも)二つの異なる生成プロセスが存在する可能性が示唆された[4].Curiosity の観測では,0.2 - 0.8 ppb の極少量の CH4 を定期的に検出している.これは,"Background" と呼ばれ,規則的な季節変動を示すことがわかった.もう一つのプロセスは,不定期に現れる 10 ppb 以上の CH4 増大である.これは,"Plume"と呼ばれ,先行望遠鏡観測の捉えた CH4 はこの現象ではないか考えられる.しかし,"Background" の季節変動の要因,"Plume" のメカニズムとも未解明である.TGO による太陽掩蔽では,地表付近の観測は大気中に存在するダストの影響で難しいものの,高度 10 km 以上(※季節により異なる)から観測が可能であり,CH4 の検出精度は 0.1 ppb 以下と想定される.この精度は,"Background" の検出・変動を議論するには難しいが,"Plume" なら十分な精度で検出できる.TGO の太陽掩蔽観測では,火星1日間に最大 24 箇所の異なる経度で高度分布の取得が可能である.火星全球を包括した連続的な "Plume" の探索により,火星 CH4 の時空間変動に新たな知見を与えることが期待される.さらに,"Plume" の検出時に CH4 同位体(13CH4, CH3D ),及び関連分子(C2H2, C2H4, C2H6, H2CO, HCl, H2S, N2O)を同時に計測することで,生成メカニズムに迫ることが可能である.地球でのアナロジーを想定すると,CH4 と C2H6 の δ13C を比べることで,同位体分別の異なる生命起源と地殻起源の切り分けが可能である.HCl 及び H2S は地球上の火山性脱ガスに多く含まれる成分であり,地下からの湧出にも一定の制約を得られるものと期待される.また,N2O は火星地殻活動での生成が期待されないため,検出されれば,生命活動を間接的に示唆する.CH4 と合わせて,これまでの探査機では検出困難であったこれらの微量大気組成を高精度で検出することにより,現在の火星における地殻・生命活動の探索を目指す.
 

(2)水循環 - H2O, HDO

バレーネットワークなどの流路地形や地質的証拠から,火星は約 30~40 億年前に豊富な液体の水を有する気候が一定期間継続していたことが示唆されている.太古に大量に存在した水はどこへ消失し,現在の低温乾燥な惑星環境へどのように変遷していったのか,火星水環境の歴史を理解することは,生命溢れる大気を育む惑星環境進化の解明へとつながる.太古に大量に存在した水は,長い年月を経た大気散逸によって宇宙空間へと消失したと考えられるが,近年の NASA 火星探査衛星 MAVEN 搭載 IUVS 等の観測から,大気上層の水の散逸率は太陽からの紫外線放射量により決まるのではなく,予想に反して,下層大気から供給される中層大気の水蒸気量に支配されることがわかってきた[5].先行観測では限られている水蒸気高度分布の詳細な調査は,TGO の科学主題の一つである.これまでの水蒸気高度分布の直接観測は,Mars Express 搭載 SPICAM による太陽掩蔽観測のみだが,その唯一の SPICAM の観測から,北半球の秋・冬において,中層大気に予想を超えた量の水蒸気が存在する画期的な発見がされた.さらに興味深いことに,グローバルダストストーム時にはより顕著に水蒸気増大がみられることがわかった [6].しかし,Mars Express の観測は,軌道の制約で観測機会が限られ,空間変動と季節変動の切り分けが困難であったこともあり,そのメカニズムの解明には至っていない.TGO の太陽掩蔽観測では,観測頻度が一桁上がり,空間変動と季節変動の切り分けが可能となる.さらに,SPICAM 観測より強い水蒸気吸収線を観測できる事,及び,波長分解能が上がる事から,理論上では観測精度が二,三桁以上向上し,中層大気の水蒸気増大の詳細が掌握できるようになる.さらに,2018年06月20日現在,火星では2007年以来の大きなダストストームが発生し,発達をつづけている [7].TGO はストーム発生前である04月21日より観測を始めており,ダストストームの発達に伴う中層大気における水蒸気量を静穏時から終焉にかけて高頻度・高感度で連続的に掌握可能である.

また,TGO による太陽掩蔽観測では,H2Oとその同位体 HDO を同時に計測する事で,HDO/H2O 比の高度分布を初めて明らかにする.火星大気の水蒸気 HDO/H2O 比は全球平均で地球(SMOW)の約 5-6 倍であり,軽い同位体が選択的に大気散逸することから,火星の水が長い時間を経て宇宙へ流出した根拠の1つと解釈される [8].散逸量を議論する際に重要である上層大気の D/H 比が,下層大気の HDO/H2O 比とどのような関係であるのか,NASA 火星探査機 MAVEN 搭載 IUVS で計測される上層大気の D/H 比と,TGO で観測される HDO/H2O 比の高度分布をあわせることで,初めて明らかになる.
 

(3)大気化学 - HO2, H2O, CO, NO2, O2, O3

火星大気化学で未解決の問題は,大気成分を「酸化」する大気化学過程である.火星大気の酸化過程を担うのは,H2O の光解離で生成される水素ラジカル(HOx : H, OH, HO2 など)であるが,これらの変動は詳細に調べられたことがない.TGO による太陽掩蔽観測では,その代表成分の一つである HO2 を初めて検出し,その変動を調べ,生成源である H2O と同時観測することで,HOx 大気化学理解の第一歩とする.さらに,TGO の太陽掩蔽観測では,主要分子である CO の高度分布も初めて調べられる.CO は,火星大気 CO2 の光乖離によって生成され,水素ラジカルとの反応によって CO2 に戻る.しかし,その CO2 再生成の詳細過程は詳しくわかっていない(CO2 大気の安定性問題).CO と H2O 及び HO2 の同時観測は,同過程の制約を可能とする.さらに,ACS-NIR では O2 dayglow,NOMAD-UVIS では O3 の大気高度分布の計測が可能であり,それらは火星大気化学における酸化過程の理解をさらに深める.

また,地球大気のように,N- 化合物や Cl- 化合物も酸化成分を生成し,大気化学で重要な役割を担っている可能性もある.TGO の太陽掩蔽観測では,これまでの観測より二桁高い精度で NO2 と HCl の検出を試みることで,それらの化合物が火星大気化学で担う役割を定量的に評価可能となる.
 

(4)気候学 - 天底観測

TGO では太陽掩蔽観測に加えて,ACS,NOMAD とも,天底観測が可能であり,CO2, CO, H2O, O3 の気柱量,エアロゾル(ダスト,氷雲)の光学的厚さ,及び温度鉛直分布が得られる.これらの物理量はこれまでの周回衛星観測からも調べられてきたが,TGO でも継続してモニターし,経年変化を調べるとともに,火星大気大循環モデルとの比較,及びデータ同化(data assimilation)を通して,火星気候の理解を深める.また,水蒸気同位体 HDO の天底観測から,気柱量における HDO/H2O 比の空間分布・季節変動を議論できる可能性がある.HDO/H2O 比は,水蒸気⇔氷(極冠・氷雲)の相変化に伴う同位体分別による変動が予想されてきたが,近年の望遠鏡観測ではその予想の範疇を上回る変動が報告されており [9],異なる HDO/H2O 比を持つ水リザーバ(例えば,地下に存在する氷)と大気との相互作用の可能性が指摘された.TGO の天底観測で気柱量における HDO/H2O 比の空間分布・季節変動が明らかになれば,太陽掩蔽から導出可能な高度分布・季節変動と合わせて,火星水循環の新たな知見となる.
 

2. 日本の火星衛星探査計画(MMX)による火星大気観測

火星気候の劇的な変遷に関わる大気物質循環のメカニズムに制約を与えようとすれば,水や二酸化炭素など揮発性物質の宇宙空間への散逸や地下への輸送,表層の様々な水蒸気 water source/sink 間の(特に緯度を跨いだ)水輸送を理解する必要がある.これらのプロセスは,大気中の水蒸気量および大気温度,大気-表層間の水交換過程,大気大循環に強く影響される.一方で,地球では大気を駆動する熱的効果を水蒸気の温室効果や潜熱が担っているが,火星ではそれを大気ダストの放射効果が担っているので,ダストは上記の全てに関わっているといえる.それゆえ,水蒸気およびダスト両方の大気中への供給過程,水の相変化や輸送過程を観測し,大気大循環や物質輸送のシミュレーションにより解釈することが,大気物質循環のメカニズムの理解を進展させることになる.注意すべきは,水蒸気およびダストの大気への供給,輸送の時間スケールは短いことが予想される点である.Rocket dust storm と呼ばれるダストプリュームや斜面風といった短時間で発達,収束する小スケールの現象が,大規模な赤道上空の遊離ダスト層 [10] を形成することも指摘されている [11].大気-表層間の水交換には,地形の影響を受けた局地気象や気温の日変化に伴う相変化が関わっていると想像される [12].たとえば赤道域の上昇流域での氷雲形成が上層大気の水蒸気量を規定する,特定地域での氷雲形成が地下の water equivalent hydrogen の不均一分布を説明する,などの可能性が指摘されている [13].したがって,時空間スケールの小さな現象の理解が,空間スケールを跨ぐ水蒸気およびダストの全球的な鉛直輸送や三次元分布を理解するうえで必要不可欠である.何より,火星大気において最も振幅の大きい変動成分は 1(太陽)日周期変動であるので,物質の大気への供給,輸送の時空間スケールも,それ相応になることは想像に難くない.逆に言えば,ダストおよび水蒸気の大気への供給や氷雲の形成に典型的な地方時が明らかになれば,その背後にある大気現象を推定できる可能性がある.さらに,当該現象を確からしく推定できるよう数値モデルを開発改良すれば,ダストおよび水蒸気の大気への供給や氷雲の形成を観測に基づいて正確に計算できるようになると期待できる.問題は,従来の海外の火星探査機は極軌道衛星であり,水蒸気やダストが大気へ供給されている様(ダストイベントや水蒸気の湧き出し)を十分に高い時間分解能でモニタリングすることができない点である. 例えば,Mars Global Surveyor 搭載の Mars Orbiter Camera(MGS/MOC) や Mars Reconnaissance Orbiter 搭載の Mars Color Imager(MRO/MARCI)は各地を 1(太陽)日に 1 回(14 : 00 前後)しか観測できない.観測点の地方時が夜と昼に固定されている(例えば Mars Global Surveyor では 02 : 00 および 14 : 00)ことは,経度時間平均された温度分布や水蒸気分布,それらの季節変化を明らかにするにはむしろ好都合であった.しかし,温度や水蒸気,ダストがなぜその季節にそのような空間分布になるのか,すなわち物質が3次元的にどのように供給,輸送されているのかを知ることはできない.これでは,水蒸気やダスト,氷雲がどのように供給され動いていくのかわからないばかりか,ダストイベントや水蒸気の湧き出しがいつ出現したのか決めることすらできない.

火星表層の物質輸送においてこのように時間スケールの短い現象が重要となりうることは,火星大気が薄く,放射加熱や運動の時定数が短いことの帰結である.地球大気観測に比べても短時間変動の重要性は大きいと言える.日変化の時間スケールのダスト輸送と水輸送を,高時空間分解能で連続モニタリングすることによって把握することがそのメカニズムの理解につながる.比較的高度が高く軌道傾斜角が小さい火星衛星軌道から,1 時間に 1 回以上の頻度で全球観測することにより,それが実現する.また,探査期間において異なる季節の情報が得られることは太陽加熱によって大きく変動する火星大気中の輸送メカニズムの理解のためにも有益である.

日本の火星衛星探査計画(MMX)において,フォボスの軌道は火星に対してほぼ赤道軌道であるので,フォボス偽周回軌道において,及び地球帰還時を利用して,上記の火星観測を行う絶好の機会となる.以下に,MMX による火星ダスト・水蒸気観測の精度についてまとめた.
 

(1)ダスト・氷雲の撮像観測

ダスト量の違いにより火星表面の反射率は 0.2 - 0.3 程度の範囲で変化する [14].Rocket dust storm の数値実験によれば,空間スケール 100 km 程度,時間スケールが数時間の現象が重要な役割を果たしうる [11].このようなダストイベントを 10 階調程度で検出するために,太陽散乱光の強度を相対精度 1 % 程度,空間分解能 10 km 程度で,15 分毎に全球可視撮像する必要がある.また氷雲を同様の時空間分解能で撮像することにより,水の局地的・短時間スケールの相変化や輸送をとらえる.以上の観測を,フォボス夜側かつ火星昼側に探査機が位置している間継続して行う.
 

(2)水蒸気の分光撮像観測

局地的な水蒸気輸送や水の相変化・日変化サイクルをとらえるために,近赤外低分散スペクトルから水蒸気・氷雲・レゴリス中の水を定量し,CO2 吸収帯から大気循環の指標となる地表面気圧,光化学過程及び循環の指標となる CO の情報も統合することで,「地殻-大気の水交換」「大気循環に伴う水蒸気輸送」「雲生成」を切り分け,火星環境における水循環の詳細に迫る.先行研究から数十.数百 km の顕著な水蒸気量の不均一構造が捉えられており,その鉛直積算量は,10 pr- μm(液体の水の深さに換算して μm 単位で表現したもの)程度である [12].これらの構造とそれに伴う水蒸気変動を捉えるため,水蒸気の積算量を精度 1 pr- μm,空間分解能 10 km でマッピングする.氷雲は細かな地形に伴う鉛直流により微細構造をもつと考えられるため,空間分解能 10 km 以下の観測を目指す.これらを可視撮像による高分解能ダスト観測と同時に行うことで,ダストや雲物性について理解することができる.一方,MMX で得られる下層大気の水循環は,前述したTGO 搭載機器で得られる中層大気中の水蒸気分布に加えて,NASA 火星探査衛星 MAVEN や MMX 搭載イオン質量分析計 MSA で得られる超高層大気中の散逸大気の時空間変動と密接に関わっていることが期待される.TGO 搭載 FREND が明らかにする地殻氷分布情報も表層の理解には重要であることから,欧米との国際的な連携を基礎に,火星大気を表層から超高層に至る大きな一つのシステムとして捉え,劇的な気候変遷を経た火星水表層進化の解明を目指し,惑星のハビタビリティの理解に貢献する.
 

参考文献

[1] Vandaele, A. C. et al., 2018, Space Sci. Rev. 214, 80.
[2] Korablev, O. et al., 2018, Space Sci. Rev. 214, 7.
[3] Formisano, V. et al., 2004, Science 306, 1758.
[4] Webster, C. et al., 2018, Science 360, 1093.
[5] Heavens, N. G. et al., 2018, Nature astronomy 2, 126.
[6] Fedorova, A. et al., 2018, Icarus 300, 440.
[7] https://www.jpl.nasa.gov/spaceimages/details.php?id=PIA22519
[8] Owen, T. et al., 1988, Science 240, 1767.
[9] Villanueva, G. L. et al., 2015, Science 348, 218.
[10] Heavens, N. G. et al., 2011, J. Geophys. Res. 116, 1.
[11] Spiga, A. et al., 2013, J. Geophys. Res. 118, 746.
[12] Melchiorri, R. et al., 2009, Icarus 201, 102.
[13] Feldman, W. C. et al., 2004, J. Geophys. Res. 109, 1.
[14] Szwast, M. A. et al., 2006, J. Geophys. Res. 111, E11008
 


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Editor : Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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