次世代太陽系探査
火星圏のサイエンス
火星隕石が経験した衝撃変成
火星隕石が経験した衝撃変成
特集「火星圏のサイエンス」 : April 30, 2021. Published
新原隆史 : 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻, 総合研究博物館
この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
要旨
南極や砂漠で隕石発見数が増えるにつれ火星隕石の登録数も増加し,岩石学的なバリエーションを増やしている.このことにより火星の表面に存在する岩石の起源や火星の進化史の理解にむけた研究が進められている.しかしながら火星のような重力天体の表面から岩石が脱出し地球へと落下する過程においては,少なくとも火星脱出時に衝撃変成を受けている.この衝撃変成によって獲得される高温・高圧環境では岩石の記録が様々な程度で上書きされ,さらには岩石中でも不均質であるため,丁寧にこの評価を行うことは火星隕石から火星の進化史を理解するうえで重要である.
1. はじめに
火星隕石はこの 20 年の間に発見数が飛躍的に伸び,Meteoritical Bulletin(https://www.lpi.usra.edu/meteor/metbull.php)への登録は 200 個を超えた.これらの火星隕石の詳細な分析および火星探査機による観測をあわせることで,火星の進化史や火星マントルの様相を類推することが可能となっている.現時点で 50,000 個を超える隕石試料の内の一部が火星起源であるということは1980年代に明らかとなり,その論拠は三河内 [1] に詳しい.岩石が火星を脱出して地球へと落下する過程では,特に火星脱出の際に少なくとも 1 回の衝撃現象を経験している.火星隕石の放出過程については黒澤,他 [2] を参照されたい.隕石に見られる衝撃変成の程度については,衝撃実験や隕石の観察に基づきまとめられているが,岩石一つ一つが経験した衝撃変成度は異なり,また同一の岩石の中でもこの影響は不均質であるため,個々の隕石について丁寧な観察によって上書きされた衝撃変成の情報を正しく読み解くことが,母天体での現象を理解するうえで重要である.一口に衝撃変成といってもその変化は多様で,岩石組織・鉱物相の変化,化学組成の変化,同位体組成の変化など,様々なレベルでの影響を与える.このため,本稿ではこれまでに火星隕石から報告されている衝撃変成の痕跡をまとめたい.
2. 火星隕石の分類と形成年代
火星隕石が発見されてから現在までに,多くの分析により分類がなされてきた.火星隕石の数が増えることによって,その岩石種や化学的な特徴に大きなバリエーションが生まれた.岩石・鉱物学的特徴を基にした分類では,輝石や斜長石(マスケリナイト化している)を主要構成鉱物とするシャーゴッタイト(Shergottite:玄武岩質,レルゾライト質,かんらん石フィリックに細分される),単斜輝石が卓越しているナクライト(Nakhlite:単斜輝石集積岩),かんらん石が卓越しているシャシナイト(Chassignite:かんらん岩質 ),斜方輝石が卓越する Allan Hills(ALH)84001(斜方輝石集積)に分類されている.また,近年の砂漠から回収された隕石の中には,玄武岩質の角礫岩(Northwest Africa(NWA)7034 など)が発見された.シャーゴッタイトについては化学的な特徴(軽希土元素パターン)を基にするとさらに三種類に分けることができる(不適合元素に富むもの,乏しいもの,中間的なもの).このような特徴はシャーゴッタイトを作るマグマの起源の違いを反映していると解釈される.火星隕石の形成年代をみると,最も古い岩石では ALH 84001 の約 45 億年前,新しい岩石ではシャーゴッタイトのおよそ 2 億年前,中間的な 13 億年前を示すナクライトとシャシナイトと幅広い年代の記録を残しており,火星の進化史を考えるうえで重要な試料である [3].
3. 岩石組織・鉱物の変化
現在確認されている火星隕石のほとんどの試料は強い衝撃変成を受けた痕跡をのこしており,岩石学的・鉱物学的に様々に変化している.最も強い衝撃が加わった場合は岩石の一部が溶融するがその溶融の形態もさまざまである(図 1).
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図 1. 衝撃により溶融した組織.(上)NWA 856 に見られる細いメルトベイン(破線に沿う黒い脈).火星隕石にはこのようなベインがよく観察される.(左)Dho 378 はシャーゴッタイトの中でも溶融した物質の割合が多い.(右)RBT 04261 には多くのメルトポケットが観察される.年代測定に使われたバデレアイトもメルト中に存在することもある.
岩石に細く黒い線状に続く溶融脈(メルトベイン)は多くの火星隕石で観察され(図 1 上),このベイン中に高圧鉱物が存在していることがある.Dhofar(Dho)378 はシャーゴッタイトの中では,大規模に溶融した痕跡が確認でき,発泡した様子が観察できる(図 1 左).溶融の規模が小さい場合は,数ミリ程度の領域が溶融したメルトポケットが観察される(図 1 右).このようなメルトの中には多くの溶け残り物質が存在している.全岩溶融をしたような衝撃溶融岩は火星隕石にはまだ見つかっていない.これは火星隕石の発見数が伸びているといえどもまだ数には限りがあるためであると考えられる.
多くの火星隕石において特徴的な衝撃変成による変化として挙げられるのは,斜長石が結晶構造を失ったマスケリナイト(diaplectic ガラス)である(図 2).
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図 2. ALH 77005 の偏光顕微鏡写真.斜長石はマスケリナイト化しており,クロスニコルでは黒く光を透過しない.この隕石に含まれるかんらん石は茶色く変色している.(左)オープンニコル,(右)クロスニコル.
衝撃圧と斜長石の変化の関係については,Fritz, et al. [4] によりまとめられており,おおよそ次に示す五つのステージに分類されているが明確な境界があるわけではない :(a)5-20 GPa 斜長石の複屈折が見られる ;(b)26-32 GPa 部分的に複屈折が残っている diaplectic ガラス ;(c)30-36 GPa 反射率が斜長石とガラスの中間的になる diaplectic ガラス ;(d)40-45 GPa 反射率が合成斜長石ガラスに近い diaplectic ガラス ;(e)>45 GPa 反射率が合成斜長石ガラスと等しい vesiculated ガラスとなる,ナクライトやシャシナイトに含まれる斜長石(マスケリナイト)は火星隕石の中では比較的低い衝撃圧の痕跡を持ち,シャーゴッタイトは高衝撃圧の特徴を持つ.近年発見された NWA 8159 シャーゴッタイトからはマスケリナイトではなく弱く衝撃を受けた斜長石が発見されており,シャーゴッタイトであっても比較的低い圧力で形成したものも存在している [5].Fritz, et al. [4] は様々な火星隕石に含まれる斜長石およびマスケリナイトを顕微ラマン分光に分析を行い,衝撃圧に応じてラマンスペクトルの変化が起こることを報告しているが,特に高い衝撃圧縮の場合だと衝撃後の熱によるアニーリングの影響があり,ラマンスペクトルの変化と圧力とは一致しないことを指摘している.地球の火山岩に含まれる斜長石には主要化学組成の累帯構造が見られるが,火星隕石中のマスケリナイトにも同様の累帯構造が保存されている場合がある [6],マスケリナイトの形成過程については未だに議論がなされており,Chen and El Goresy [7] は高圧下でのメルトであると主張しているが,Jaret et al. [8] らはインドのロナクレーターに産するマスケリナイトの分析によりマスケリナイトは固相?固相の相変化により形成したとしている.
斜長石は衝撃によりアモルファス化しているが,そのほかの鉱物には高圧相への相転移も観察される.火星隕石からは,リングウッダイト,アキモタイト,メジャライト,リングナイト,ホーランダイト,スティショバイト,ペロブスカイトといった高圧鉱物が数多く報告されており,衝撃時の温度・圧力を記録している.一例として,Tissint 隕石は高圧鉱物の存在から 25 GPa の圧力で 2000 °C ほどの温度上昇を経験していると見積もられた [9].電子顕微鏡や顕微ラマン分光,電子後方散乱回折法(EBSD)などの局所分析技術が発展するに従い,火星隕石中の高圧鉱物の発見数は現在も増えており,今後も未知の高圧鉱物が発見されることが期待される.このような高圧相の多くはメルトポケットやショックベイン中などの岩石の中でも特異的に高温・高圧状態が獲得された場所に局所的に存在している.
火星隕石に含まれるかんらん石には,茶色や黒色を呈するものが存在している(図 2).これらのかんらん石は結晶化時点から茶色や黒色を呈しているわけではなく,衝撃変成によって析出したナノフェーズの鉄が生成したことによる.ナノフェーズ鉄の形成メカニズムについてはかんらん石の還元反応と考えられてきたが[たとえば 10, 11],三河内,他 [12] はこれらのナノフェーズ物質の中に酸化鉄(マグネタイト)も含まれていることを明らかにし,還元反応と酸化反応が起きているとした.XANES による詳細な鉄の価数分析と電子顕微鏡による周囲の産状をみると,Fe3+がわずかに存在していることや周囲にシリカ相が存在しないことから,かんらん石の不均化反応により形成したことが示唆される [13].シャシナイトに分類される NWA 2737 隕石はほぼ岩石全体が黒色化しており,そのほかの火星隕石とは異なる衝撃履歴を受けていることがうかがえる.この隕石のようにかんらん石の黒色化を起こすためには温度上昇がおおよそ 1200-1500 °C で衝撃圧持続時間が 90 ms 程度必要であると見積もられた [13].
4. 反射スペクトルへの影響
黒色化した NWA 2737 隕石について可視・近赤外領域の反射スペクトルを見てみると,そのほかの火星隕石では顕著にみられるケイ酸塩鉱物であるかんらん石や輝石の吸収(1 μm・2 μm 付近)がほとんど見られなくなっている(図 3)[14,15].同時に反射率も 5 % ほどと低くなっている(図 3).
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図 3. 火星隕石の可視・近赤外スペクトルの変化.黒色化した NWA 2737 ではケイ酸塩鉱物の吸収が不明瞭となっている.データはブラウン大学の RELAB より.
火星隕石は火星を飛び出して地球に落下したものであるが,これらと同様の物質は火星の衛星のフォボスにも降り注いでいる可能性がある [16].火星衛星であるフォボスの反射スペクトルは火星周回機からの観測により得られており [17],炭素質コンドライトである Tagish Lake 隕石に似ているとされている.この隕石のスペクトルの特徴としては反射率が低く,ケイ酸塩鉱物などの顕著な吸収が見られないことである.本来ケイ酸塩鉱物が主体の火星物質のスペクトルは可視・近赤外領域のスペクトルはかんらん石や輝石の吸収(1 μm・2 μm)が顕著であるが,衝撃変成による溶融やナノフェーズの鉄・マグネタイトの析出によって,スペクトルの特徴を失ってしまう.さらにはアポロ計画やルナ計画で持ち帰られた月面試料や小惑星探査機はやぶさが持ち帰った S 型小惑星試料では,宇宙風化によってケイ酸塩鉱物の表面にナノフェーズの鉄が形成しスペクトルの特徴も暗くなっていることが明らかにされた [例えば 18].つまり,フォボス表面に火星物質が存在しているとしても,宇宙風化によって火星物質はさらに黒色化していることが考えられる.さらに火星衛星の形成過程としては,小惑星の捕獲(炭素質コンドライト類似物質)[例えば 19]もしくは火星へのジャイアントインパクト起源(火星物質)[例えば 20, 21] が唱えられており議論が継続している.火星衛星の起源と進化過程については兵頭・玄田 [22] を参照されたい.火星物質と炭素質コンドライトではその構成元素や鉱物組み合わせは大きく異なっているが,火星物質が衝撃変成や宇宙風化により黒色化した場合は反射スペクトルで見分けるのが困難になる可能性もある(図 4).このためリモートセンシング(ガンマ線分光分析や近接でのラマン分光分析など)やサンプルリターンによりもたらされる詳細なデータによる物質同定に期待が寄せられる.
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図 4. 炭素質コンドライトと衝撃変成により黒色化した火星隕石のスペクトルの比較.黒色化した火星隕石のスペクトルは,吸収が不明瞭となり炭素質隕石の反射率に近くなっている.データはブラウン大学の RELAB より.
5. 衝撃変成による同位体系への影響
1980年代より火星隕石の同位体年代が衝撃変成によりリセットされたものなのかについては議論されてきた [例えば 23-26].とくにシャーゴッタイトの Rb-Sr,Sm-Nd,Ar-Ar,U-Pb などの放射性同位体年代からは約 2 億年という同位体年代が求められているが,この年代が岩石の形成年代なのか,衝撃変成でリセットした年代なのかについて議論されてきた.1980年代にはシャーゴッタイトに含まれるかんらん石の主要元素組成の累帯構造が保存されていることから,同位体系から得られた年代は結晶化年代であるとされていた [23].2000年代に入り高精度の Pb-Pb 年代が測定されると,約 41 憶年という年代が報告され,再度年代のもつ意味の議論がなされた [24, 25].Bouvier et al.[24, 25] は Pb-Pb 年代で求められた 41 億年前という年代値こそが結晶化年代であり,約 2 億年という年代値は水質変成もしくは衝撃変成によりリセットされた年代であると主張したが,それを直接的に示す根拠は示されていない.火星隕石は強い衝撃変成の痕跡を残しているが,岩石全体が溶融しているような隕石はまれである.このため,すべての同位体系を同時にリセットさせ,Pb 同位体のみが変化をしない状況が必要となる.また,シャーゴッタイトの成因を考えると,2 ステージでの結晶化プロセス [27] や地殻物質との反応をしている [例えば28] ことが考えられているため,とくに親核種の分析を行わない Pb-Pb 年代が示す年代が結晶化年代とする説には疑問点がのこる.これまでに行われてきた同位体年代は全岩及び鉱物フラクションから求められたアイソクロン年代であったが,近年では単一鉱物を用いた局所同位体分析による年代測定も行われている [29, 30].火星隕石中には地球の珪長質岩に見られるジルコン(ZrSiO4)はあまり含まれていないが,高温でも安定でジルコンと同様に年代測定に用いることができるバデレアイト(ZrO2)が微量ながら含まれているため(図 1),このバデレアイトを用いた鉱物年代を求める試みがなされてきた [29, 30].また,この鉱物が衝撃変成による高温・高圧下でも結晶化年代を保つことができるのかについて明らかにするために,著者らは年代既知の地球産バデレアイトの U-Pb 同位体系について衝撃実験(最大57 GPa)や加熱実験(最大 1300 °C)を行い,衝撃変成による高温・高圧環境下でも年代情報を失ってしまうようなリセットが行われないことが確かめられた [26].ただし地上での衝撃実験は衝撃圧の持続時間などが天然の現象とは異なるため,天然の衝撃現象と比較する際には注意が必要である.筆者 [29] は 10 μm ほどの微小領域での年代測定を RBT 04261 シャーゴッタイトに含まれる様々な産状のバデレアイトについて行った.この結果,衝撃により部分的に溶融したバデレアイトに若干の同位体系の乱れが確認されたが,年代の完全なリセットは起きていないことを明らかにし,約 2 億年の年代がシャーゴッタイトの結晶化年代であると結論した.さらに Moser ら [31] は衝撃によりバデレアイトが分解し新たにジルコンが成長している産状を発見し年代測定をしたところ,10 Ma ほどと非常に若い年代を得ており,この年代が衝撃によるリセット年代であるとした.このように年代がリセットしているときには強い衝撃の痕跡が確認できる.
6. 火星隕石が受けた衝撃変成の評価における問題点
火星隕石に限らず,隕石が経験した衝撃変成度は岩石・鉱物学的特徴,衝撃実験による再現実験によって求められており,例えば Stoffler et al. [32] によるとショックステージを S1-S6 の 6 ステージと溶融岩として分類がなされており,現在もこれを踏襲する形となっている.火星隕石についても同様の手法で評価されており,Fritz et a. [33] によってまとめられている.これらによると,火星隕石が経験した衝撃後の温度上昇は 10-1000 °C 程度で,ピーク圧力は 5-55 GPa 程度となっている.しかしながら,これらの情報は限られた実験データにより与えられているために,定量的な評価としては議論の余地がありそうだ.ダイアモンドアンビルを用いた斜長石のアモルファス化の実験では斜長石のマスケリナイト化は従来考えられていた衝撃圧(30-90 GPa)は必要ないと提案されている [34].最近では,Kurosawa and Genda [35] による理論計算によると,岩石の内部摩擦を考慮すると,温度上昇は容易に 2000 °C にも達するとされており,温度の指標の見直しや定量的な指標の検討が必要かもしれない.
7. おわりに
火星隕石の発見数が増えるにつれて情報量も増えているが,たびたび衝撃変成と岩石の記録の意味付けに関して議論が起こっている.火星隕石全般として強い衝撃変成によって情報が上書きされた状態であるため,火星隕石が持つ記録が衝撃変成によるものなのか,はたまた岩石の起源や形成過程に関する情報を保持しているのか,を理解するためには,衝撃変成による影響を正しく評価することは重要である.この衝撃変成による影響は同一岩石の中でも不均質であるため,特に局所分析においては分析点付近の状況を正しく判断することが求められる.このためには,衝撃変成の温度・圧力の定量的な指標の構築も必要となるだろう.
謝辞
今回,執筆の機会を与えてくださった東京工業大学の玄田英典博士と千葉工業大学の黒澤耕介博士,本稿を査読いただいた JAXA/ISAS の臼井寛裕博士には深く感謝を申し上げます.また,東京大学の菊地紘博士には火星衛星に関して有益な議論をさせていただきましたので併せてお礼申し上げます.本稿の一部はクリタ水環境科学財団(17D006)より助成を受けたものである.
参考文献
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Editor : Akira IMOTO
Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan