残留磁化緩和時間に基づく火星磁気異常ソースの評価
特集「火星圏のサイエンス」 : May 03, 2021. Published

佐藤 雅彦 : 東京大学, 東京工業大学. 山本 裕二 : 高知大学. 西岡 孝 : 高知大学. 小玉 一人 : 同志社大学. 望月 伸竜 : 熊本大学. 潮田 雅司 : 産業技術総合研究所. 中田 亮一 : 海洋研究開発機構. 綱川 秀夫 : 東京工業大学.

この遊星人記事は、日本惑星科学会遊星人編集専門委員会より許可を得て掲載しております。
 



要旨

現在観測されている火星の地殻磁気異常を説明するためには,数十 km の火星地殻深部で40億年間安定に残留磁化が保存されている必要がある.本稿では,残留磁化の安定性という観点から,火星地殻磁気異常のソースと成り得る磁鉄鉱の粒径・形状の評価を行った.様々な火星熱史を仮定して計算を行った結果,ユーレイ比が低い場合では針状単磁区磁鉄鉱が磁気異常ソースと成り得る事が,ユーレイ比が高い場合では針状単磁区磁鉄鉱に加えて等方的単磁区磁鉄鉱と擬似単磁区磁鉄鉱もソースと成り得る事が明らかになった.一方で,いずれの場合でも粗粒な多磁区磁鉄鉱ではソースと成り得ない事が明らかになった.従って,観測されている磁気異常を説明するためには火星地殻中にはたとえ数十 km の深部であってもミクロンサイズ以下の細粒かつ針状の磁鉄鉱が普遍的に存在している必要がある事が示された.今後の研究では,火星の地殻深部に細粒かつ針状の磁鉄鉱を作る条件を調べていく事で,火星地殻生成条件に関して新たな制約を与えられる可能性がある.
 

1. はじめに

1 - 1. 火星磁気異常とそのソース

Mars Global Surveyor による火星磁場観測の結果,火星には地球の 10 倍程度の非常に強い磁気異常が存在していることが明らかになった [1].ここで磁気異常とは地殻岩石の磁化に由来する磁場の事で,金属核の対流運動(ダイナモ作用)に由来する主磁場とはその起源が異なる.Mars Global Surveyor に搭載された Electron Reflectometer の観測データ [2] から作成した火星の磁気異常マップを図 1 上段に示す.火星磁気異常の重要な特徴として,地質年代との対応関係が挙げられる.相対的に若い地質構造からなる北半球低地では磁気異常がほとんど観測されず,一方で,相対的に古い地質構造からなる南半球高地では非常に強い磁気異常が観測されている.この関係は巨大なインパクトクレーター上で顕著に見られ [4, 5],クレーターのクレーター年代に対してクレーター上空での平均磁場強度をプロットすると,約 40 億年前を境に急激な変化が見られる(図 1 下段).地質年代と磁気異常の関係から,ダイナモ作用を起源とする火星主磁場の生成・維持は約 40 億年前に停止したと考えられている [1, 4, 5].従って,現在観測されている磁気異常を説明するためには,地殻岩石は火星の主磁場が存在していた時期に残留磁化を獲得し,その後 40 億年間安定に残留磁化を保持している必要がある.
 

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図 1. (上)火星磁気異常マップ.185 km 高度での磁場強度をカラーコンターで示している.磁場が 4 nT 以下の領域を白,磁場データが欠損している領域を黒でそれぞれ示す.星印で直径 1,000 km 以上のクレーターの位置を示す.位置および名称は Frey(2008)[3] に基づく.Am : Amenthes, Ze : Zephyria, Da : Daedalia, Si : Sirenum, SW : SW Daedalia, Ar : Ares, Az : Amazonis, IA : In Amazonis, So : Solis, Cr : Chryse, Hm : Hematite, Sc : Scopolus, Ac : Acidalia, NP : North Polar, Ut : Utopia, SE : SE Elysium, He : Hellas, Ag : Argyre, Is : Isidis.(下)クレーター上の磁気異常強度.磁気異常マップに星印で示した直径 1,000 km 以上のクレーター上空での平均磁気異常強度をクレーターのクレーター年代に対して図示している.ガイドとして点線を示している.Lillis et al.(2008)[4] を編集して作図.
 

磁気異常に関する過去の研究に基づき作成した,火星の地殻磁化分布モデルを図 2 に示す.火星地殻の磁化層厚は,衝突現象に伴う地殻岩石の消磁のモデリング [6] と磁気異常のスペクトル解析 [7] からそれぞれ 30 - 40 km と 47.8 ± 8.4 km と見積もられており,地殻深部での厚い磁化層の存在が示唆されている.強い磁気異常を作るためにも厚い磁化層が好ましいと考えられており,Terra Cimmeria 地域に見られる縞状磁気異常パターンは磁化 -20 A/m から +20 A/m・厚さ 30 km の磁化層によって説明可能である事 [8],全球的な磁気異常パターンは磁化 -12 A/m から +12A/m・厚さ 40 km の磁化層によって説明可能である事 [9] が報告されている.一方で,Terra Sirenum 地域の磁気異常と地質構造の対比から表層に消磁状態の層が存在している可能性が指摘されており [10],また表層約 10 km はダイナモ作用停止後の衝突現象や加熱により消磁されている可能性が指摘されている [11].これらの情報をまとめると,火星地殻は少なくとも 30 km 程度の深さまで磁化しており,表層 10 km は消磁状態である可能性が高い.
 

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図 2. 火星の地殻磁化分布モデル.
 

磁性鉱物の磁気的性質は,鉱物組成に応じて劇的に変化する事が知られており [12],磁鉄鉱,磁硫鉄鉱,赤鉄鉱が火星磁気異常ソースの候補として検討されている [11].磁硫鉄鉱は火星隕石中などにもしばしば見られるが [13],キュリー温度が 320 °C と低く上述のような厚い磁化層を作る事が難しい [11].地球と比較して還元的環境と考えられている火星マントル [14] から火星地殻を作った場合に赤鉄鉱を大量に作る事は難しいと考えられる.また,チタン鉄鉱?赤鉄鉱固溶体で晶出するラメラ磁性も火星磁気異常のソース鉱物として提案されているが [15],地球においてラメラ磁性が観察されているような斜長岩質地殻が火星全域に分布しているとは考え難くソースである可能性は低い [11].強く厚い磁化層を作るためには,キュリー温度が高く単位体積辺りの磁化が強い磁鉄鉱が最有力の候補と考えられている [11].
 

1 - 2. 磁性鉱物の残留磁化とその緩和

続いて鉱物の磁性に関する簡単な説明を記述する.ここではスペースの問題で簡略化して記述を行うが,鉱物の磁性に関する詳細な説明は Dunlop and Ozdemir(1997)[12] などを参照されたい.磁性鉱物の粒径・形状の変化に伴い,その磁気的性質が変化する事が知られている.磁性鉱物をミクロに見た場合,単位格子当たりの磁気モーメントが全て同じ方向に揃っている磁区を形成しており,磁気的性質の変化は粒径・形状の変化に伴う磁区構造の変化に由来する.磁性鉱物の粒径・形状と磁区構造の変化を図 3 示す.球状や立方体状の等方的な粒子を考えた場合,約 100 nm 以下の細粒な粒子では粒子内で磁区が一つの単磁区状態,一方で,約 10 μm 以上の粗粒な粒子では粒子内で磁区が複数に分かれている多磁区状態となっている [12].約 0.1 ~ 10 μm の中間的な粒径の粒子では,単磁区と多磁区の中間的な性質を示す擬似単磁区状態となっている.擬似単磁区粒子の物理的背景については,磁区と磁区を区切る磁壁の影響が卓越するためなど諸説あるが [12],その理論的理解は不完全である.擬似単磁区状態や多磁区状態では形状の影響はあまり無いと考えられるが,単磁区状態では磁性鉱物の形状の影響を大きく受ける.等方的な粒子の場合は,約 100 nm が単磁区状態を維持できる上限であるが,粒子のアスペクト比が高くなるにつれて,単磁区状態を維持可能な粒径が増加する [16].
 

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図 3. 磁性鉱物の粒径・形状と磁区構造.等方的粒子の場合,単磁区状態-擬似単磁区状態のしきい値は 100 nm 程度,擬似単磁区状態-多磁区状態のしきい値は 10 μm 程度である.* 粒子のアスペクト比増加に伴って単磁区状態を維持できる粒径は増加するため,針状粒子では 100 nm 以上の粒径でも単磁区状態となる.
 

磁性鉱物の残留磁化は平衡状態に向かって緩和しており,残留磁化の緩和時間は磁性鉱物やその物理的状態によって異なる.火星のように過去 40 億年間ダイナモ起源の主磁場が存在しない場合は,磁性鉱物の平衡状態は消磁状態であり,火星地殻中の磁性鉱物は消磁状態に向かって徐々に緩和する.上述のように磁性鉱物の磁気的性質は,粒径・形状の変化に伴い変化する事が知られており,当然その残留磁化緩和時間も変化する.どのような粒径・形状の磁鉄鉱が火星地殻内で 40 億年間残留磁化を安定に保持できるか,という点は火星磁気異常ソースを理解する上で重要な問題であり,その点を明らかにする事で火星地殻形成条件などに制約を与えられる可能性がある.しかし過去の研究では,火星地殻内での残留磁化緩和に関しては単磁区粒子を用いた定性的な評価しか行われていない [11, 17].そこで本稿では,磁鉄鉱の磁気的性質を適切に評価して,火星地殻内での残留磁化緩和時間の計算をする事で,30 km 程度の火星地殻深部で 40 億年間残留磁化を安定に保持可能な磁鉄鉱の粒径・形状の評価を行う.
 

2. 残留磁化緩和時間に基づく火星地殻中の磁鉄鉱粒径・形状の推定

2 - 1. 残留磁化緩和時間の計算

火星地殻内の温度プロファイルは,地殻内での熱伝導率(3W/mK)と放射性核種の濃度が一定であると仮定し,一次元定常状態における熱伝導方程式を用いて計算を行った.火星地殻内の圧力プロファイルは,地殻内での岩石密度が一定(2,900 kg/m3)であると仮定して計算した.現在の火星地殻内における放射性核種の濃度としては,Mars Odyssey に搭載された Gamma-Ray Spectrometer の観測値のうちNoachianに形成された地殻の K 及び Th 濃度(CK = 3,260 ppm,CTh = 650 ppb)[18] とそこから Th/U 比を3.5と仮定して求めた U 濃度を計算に用いた.火星全体における放射性核種の濃度としては,Wanke and Dreibus(1988)[19] のK,Th,U 濃度(CK = 305 ppm,CTh = 56 ppb,CU = 16 ppm)を計算に用いた.放射壊変による放射性核種濃度の変化を加味して,過去40億年間における火星地殻の温度変化を計算した.また,報告されている火星ユーレイ比の範囲(0.6 から 1.5 程度)[20, 21] で計算を行う事で,様々な熱進化に対する評価を行った.

残留磁化緩和時間 τ は単磁区粒子と多磁区粒子でそれぞれ式(1)と式(2)のように表される [12]:

ここで,τ0,kB,T,Ms,Bc,V,VBark,c はそれぞれ,周波数に関する定数,ボルツマン定数,温度,飽和磁化,保磁力,粒子体積,バルクハウゼン体積,磁壁のエネルギー障壁に関する定数である.擬似単磁区粒子については,前述の通りその物理的背景の理解が進んでいないが,今回は式(2)を用いて残留磁化緩和時間の計算を行った.火星地殻内部での残留磁化緩和時間を計算するには,磁気パラメータ(飽和磁化と保磁力)の温度変化および圧力変化を計算する必要がある.今回の計算では,過去の実験から報告されている各磁気パラメータの温度依存性データ及び圧力依存性データを計算に用いた.任意の時間・地殻深度における温度・圧力値を用いて飽和磁化と保磁力の値を求め式(1)と式(2)に代入する事で,火星地殻内における残留磁化緩和時間の進化を計算した.

今回は磁性鉱物の粒径・形状を変えて 5 種類の粒子について残留磁化緩和時間の計算を行った.計算に用いた粒子の形状は以下の通りである:100 nm x 100 nm x 200 nm の四角柱(針状単磁区粒子),一辺 84 nm の立方体(等方的単磁区粒子),直径 0.1 μm の球(擬似単磁区粒子),直径 1 μm の球(擬似単磁区粒子),直径 10 μm の球(多磁区粒子).詳細な定式化や変数値等については,Sato et al.(2018)[22] を参照されたい.また本稿ではスタンダードな計算結果について紹介を行うが,計算結果の各種パラメータ依存性などについても同文献を参照されたい.
 

2 - 2. 火星地殻中の磁鉄鉱粒径・形状

ユーレイ比 1.2 における多磁区磁鉄鉱の計算結果を図 4 に示す.図 4 では火星地殻の各深度における残留磁化緩和時間の時間変化を示している.40 億年前から現在に向かって地殻温度の減少に伴い残留磁化緩和時間が増加している.同図には40億年前からの経過時間を点線で示しているが,「緩和時間>経過時間」の場合は平衡状態に緩和する十分な時間がないため残留磁化が保存され,一方で,「緩和時間<経過時間」の場合は残留磁化が平衡状態に緩和して消磁状態になってしまう.従って,40億年間安定に残留磁化を保持するためには,40 億年間を通じて「緩和時間 > 経過時間」となっている必要がある.図 4 の場合では,8 km よりも深い部分では 40 億年の間に残留磁化が緩和して消磁状態になってしまう.このように 40 億年間を通じて「緩和時間>経過時間」の条件を満たす最大の深度を求める事で,40 億年間残留磁化を安定に保持できる磁化層厚を求める事ができる.
 

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図 4. 多磁区粒子の残留磁化緩和時間の進化(ユーレイ比 1.2).一定の地殻深度における残留磁化緩和時間の進化を 2 km おきに示している.点線は,40 億年前からの通算時間を示している.
 

40 億年間残留磁化を安定に保持できる磁化層厚のユーレイ比依存性を図 5 に示す.図 5 では粒径・形状の異なる 5 種類の磁鉄鉱ごとに磁化層厚のユーレイ比依存性を示している.針状単磁区磁鉄鉱では,ユーレイ比が低い場合(< 0.85)を除き,30 km 以上の厚い磁化層を 40 億年間維持する事が可能である.今回は 100 nm x 100 nm x 200 nm の粒子について計算を行ったが,形状の異なる針状単磁区磁鉄鉱についても同様の計算を行い,極端にアスペクト比や粒径が小さい場合を除いては同様な結果が得られる事を確認している.従って,針状単磁区磁鉄鉱はユーレイ比が約 0.85 以上の場合では火星磁気異常のソースと成り得る.一方で,多磁区磁鉄鉱では,今回計算したユーレイ比の範囲において磁化層厚は約 12 km よりも薄く,また表面消磁層とほぼ同等かそれ以下の磁化層厚となっている.擬似単磁区-多磁区程度の粒径では,磁鉄鉱の粒径増加に伴って保磁力が減少する事が知られており [23],残留磁化緩和時間も粒径増加に伴って減少すると考えられる.今回計算を行った直径 10 μm の球状粒子は多磁区状態のほぼ最小粒径であり,多磁区磁鉄鉱における残留磁化緩和時間および磁化層厚としては最大値となる.従って,約 10 μm 以上の粗粒な多磁区磁鉄鉱は火星磁気異常のソースと成り得ない.
 

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図 5. 40 億年間残留磁化を安定に保持可能な磁化層厚とユーレイ比の関係.
 

等方的単磁区磁鉄鉱では,ユーレイ比が約 1.4 以上の場合では火星磁気異常のソースと成り得るが,それ以外の場合では 30 km 以下の磁化層厚となっている.等方的単磁区磁鉄鉱の場合,残留磁化緩和時間は粒径増加に伴って増加するため [16],今回計算を行った一辺 84 nm の立方体粒子は等方的単磁区状態のほぼ最大粒径であり,等方的単磁区磁鉄鉱における残留磁化緩和時間および磁化層厚としては最大値となる.従って,等方的単磁区磁鉄鉱はユーレイ比が約 1.4 以上の場合を除き火星磁気異常のソースと成り得ない.

直径 1 μm の擬似単磁区磁鉄鉱では,等方的単磁区磁鉄鉱とほぼ同じ様な傾向を示す事が図 5 から分かる.一方で,直径 0.1 μm の擬似単磁区磁鉄鉱では,傾向が針状単磁区磁鉄鉱と近くなり,ユーレイ比が約 1.05 以上の場合は 30 km 以上の厚い磁化層を 40 億年間維持する事が可能である.前述の通り,擬似単磁区-多磁区程度の粒径では,粒径増加に伴って保磁力および残留磁化緩和時間が減少する.直径 0.1 μm の球状粒子は擬似単磁区状態のほぼ最小粒径であり,磁化層厚としては最大値となる.ミクロンサイズの擬似単磁区磁鉄鉱ではユーレイ比が高い場合を除き火星磁気異常のソースと成り得ないと考えられるが,サブミクロンサイズの擬似単磁区ではユーレイ比が約 1.05 以上の場合において火星磁気異常のソースと成り得ると考えられる.

今回計算を行った残留磁化緩和時間という観点からは,以下の事が明らかになった.ユーレイ比が低い場合(< 0.85)を除き針状単磁区磁鉄鉱は火星磁気異常のソースと成り得る.中間的なユーレイ比(約 1 から 1.4 程度)では,針状単磁区磁鉄鉱に加えてサブミクロンサイズの擬似単磁区磁鉄鉱もソースと成り得る.ユーレイ比が高い場合(> 1.4)では,針状単磁区磁鉄鉱とサブミクロンサイズの擬似単磁区磁鉄鉱に加えてミクロンサイズの擬似単磁区磁鉄鉱や等方的単磁区磁鉄鉱もソースと成り得る.いずれの場合においても,約 10 μm 以上の粗粒な多磁区磁鉄鉱はソースと成り得ない.
 

3. 細粒かつ針状の磁鉄鉱の成因

現在観測されている火星の磁気異常を説明するためには,40 億年間残留磁化が安定に保持されている必要があり,そのためには数十kmの地殻深部に細粒かつ針状の磁鉄鉱が普遍的に存在している必要がある事が今回の計算結果から明らかになった.以下では火星の地殻深部に細粒かつ針状の磁鉄鉱を作るシナリオについて検討を行う.

溶岩流を考えた場合,磁性鉱物としては細粒なウルボスピネル - 磁鉄鉱固溶体が晶出すると考えられる.VallesMarineris では溶岩流により厚さ約 10 km の層が形成されていると報告されており [24],同様な構造が広範囲かつ深部に広がっている場合,溶岩流の積み重なりから成る厚さ数十 km の地殻が存在している可能性もある.溶岩中のウルボスピネル?磁鉄鉱固溶体では不純物を多く含むためキュリー温度が低く,厚い磁化層を形成する事は難しいが,固溶体の酸化に伴いチタン鉄鉱と磁鉄鉱のラメラが形成され細粒な磁鉄鉱を作る可能性がある(高温酸化 [12]).Tissint など実際の火星隕石中でも高温酸化による細粒な磁鉄鉱の形成が確認されており [25],溶岩流シナリオでは高温酸化による細粒磁鉄鉱の形成条件を調べる事が重要である.

深成岩を考えた場合,磁性鉱物としては斑晶鉱物とケイ酸塩中に含まれる包有物の 2 種類が考えられる.深成岩中に斑晶鉱物として存在する磁鉄鉱は,不純物を多く含む可能性がありまた粗粒になる傾向があるため,磁気異常のソースとなる可能性は低いと考えられる.一方で,斜長石や輝石などのケイ酸塩中に細粒かつ針状の磁鉄鉱がしばしば含まれている事が知られている [12].これらの磁鉄鉱包有物は,ケイ酸塩の晶出後に,より低温で磁鉄鉱がケイ酸塩から離溶して晶出していると考えられている.火星地殻の岩石が適当な条件を満たせば離溶現象は必ず起こるはずであり,大規模な蛇紋岩化反応 [26] や大規模な菱鉄鉱沈殿 [27] などの特殊なイベントを仮定する必要がないため,ケイ酸塩中の離溶磁鉄鉱は火星の磁気異常ソースを作るイベントとして魅力的な候補である.一方で,斜長石や輝石には必ずしも離溶磁鉄鉱は含まれておらず,深成岩シナリオではケイ酸塩中での磁鉄鉱離溶条件を調べる事が重要である.
 

4. まとめと今後の展望

観測されている火星地殻磁気異常を説明するためには,数十 km の火星地殻深部で残留磁化が 40 億年間安定に保持されている必要がある.本稿では,残留磁化の安定性という観点から,火星磁気異常ソースと成り得る磁鉄鉱の粒径・形状について評価を行った.様々な火星熱史を仮定して計算を行った結果,ユーレイ比が低い場合では針状単磁区磁鉄鉱がソースと成り得る事が,ユーレイ比が高い場合では針状単磁区磁鉄鉱に加えて等方的単磁区磁鉄鉱と擬似単磁区磁鉄鉱もソースと成り得る事が明らかになった.いずれの場合でも粗粒な多磁区磁鉄鉱では,火星地殻深部において残留磁化を 40 億年間安定に保持する事が出来ないため,磁気異常ソースと成り得ない事が明らかになった.従って,観測されている磁気異常を説明するためには,火星地殻中にはたとえ数十 km の深部であってもミクロンサイズ以下の細粒かつ針状の磁鉄鉱が普遍的に存在している必要がある事が示された.地殻深部に細粒かつ針状の磁鉄鉱を作るメカニズムとして,溶岩中に含まれるウルボスピネル?磁鉄鉱固溶体の高温酸化やケイ酸塩中の磁鉄鉱離溶現象が有力な候補と考えられる.

高温酸化や磁鉄鉱離溶の条件を明らかにする事が今後は重要であると考えられるが,これまでの岩石の磁気測定研究では地球の岩石に対応する条件での知見がほとんどであるため,今後は火星の岩石に対応する条件での岩石実験や磁気測定研究を進めて上記現象が起こる条件を明らかにする事が重要だろう.火星マントルは地球と比較して高い鉄含有量と低い酸素フガシティーである事が知られているが [14, 28],例えば酸素フガシティーによりケイ酸塩中への鉄の分配 [29] やケイ酸塩中の鉄の拡散速度 [30] などが大きく変化する事が知られており,これらの違いは火星地殻中での高温酸化や磁鉄鉱離溶現象と密接に関係している可能性があり,長期間安定かつ非常に強い火星磁気異常の特徴を作っている原因かもしれない.今後の研究においては,火星磁気異常ソース生成条件と酸素フガシティーの関係を調べていく事で,火星地殻生成条件に関する新たな制約等が得られる可能性がある.
 

謝辞

立浪千尋博士には火星の熱進化について有益な助言を頂きました.RobertLillis博士には図 1 下段について元となる図の転載・編集の許可を頂きました.本研究は高知大学海洋コア総合研究センター共同利用・共同研究(採択番号 10A017,10B017,11A016,11B014,12A027,12B024)のもとで実施されました.本研究は日本学術振興会グローバル COE プログラム “ 地球から地球たちへ ” の支援により実施されました.原稿修正にあたり有意義なコメントを下さった中村教博氏に感謝いたします.
 

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Editor : Akira IMOTO

Editorial Chief, Executive Director and Board of Director for The Planetary Society of Japan

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