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MEF 二十周年に寄せて : May 27, 2020. Latest
最先端の小天体探査に息づく、西暦2000年のアイディア
矢野創(MEF 小天体探査フォーラム ファウンダー)(JAXA/ISAS)
1. MEF 誕生前後
2020年05月25日に、「小天体探査フォーラム(MEF)」は創立二十周年を迎えました。同年のクリスマスにスタートした「MEF 一般公開ページ」は、2018年から日本惑星協会(TPSJ)のホームぺージに統合され、「研究者の顔が見える日本語の惑星探査ポータルサイト」の役割を、今も引き継いでもらっています。本稿では、MEF 創設当初の目標と時代背景、そして現在の世界中の小天体探査に繋がる絆を振り返り、今後の可能性を展望してみたいと思います。
二十世紀の最終年だった西暦2000年の春のこと。日本ではまだ独自の固体惑星探査の実績はなく、国内外から”a mission impossible”と揶揄されることもあった工学試験探査機「MUSES-C」の開発まっただ中の時期に、四人の三十代前半の研究者が集まって、「小天体探査フォーラム(MEF)」は創立されました。その目標は、「MUSES-C(のちの「はやぶさ初号機」)」打上げの十年後に、日本の能力で実現できる現実的な小天体探査案を、知恵と熱意を持つ市民が参加する「ボトムアップ式」で創り出すことでした。
当時の米国 NASA は、「より速く、より良く、より安い太陽系探査」をボトムアップで公募する「ディスカバリー」プログラムを、1992年から開始させていました。開発期間 3 年、予算上限約 500 億円、そして単一の科学目標に絞り込むという厳しい制約条件を課されながらも、ディスカバリーシリーズは、
・1996年に小天体探査機ニア・シューメイカー(NEAR Shoemaker)と火星着陸機マーズ・パスファインダー(Mars Pathfinder)、
・1998年に月探査機ルナ・プロスペクター(Lunar Prospector)、
・1999年に彗星塵サンプルリターン探査機スターダスト(Stardust)
と、矢継ぎ早にミッションを生み出して、MEF が発足する以前に、太陽系探査の新しい黄金期を築きつつありました。1998年からヒューストンの NASA/JSC に勤務していた私は、この成功の裏には、公募のたびに毎回、全米から数十ものミッションが提案されるほどの「層の厚さ」が、米国の太陽系探査業界があることを痛感しました。
翻って、その頃の日本には、開発中だった月内部構造探査機「Lunar-A」と構想中の大型月周回衛星「SELENE(のちの「かぐや」)」以降の固体惑星探査計画はなく、それら以外の太陽系探査機は、当時運用中だった火星探査機「のぞみ」をはじめ、大気・プラズマ物理分野が牽引する構想が数例あるのみでした。工学試験探査機「MUSES-C の開発が国によって認められた以上、その実証成果を受け継ぐ太陽系小天体の科学探査が構想されるのが論理的なのに、これは不思議なことでした。日本は以前から、南極観測隊等の隕石・宇宙塵収集の功績により宇宙物質分析で世界一級の研究者を輩出し、小惑星発見や彗星・流星観測の分野でも世界有数のハイエンドアマチュア天文家が多数活躍しており、実は太陽系小天体探査ととても親和性の高い国だったのに、です。
2. MEF からはやぶさ後継ミッションへ
太平洋の両岸の格差を解消するには、どうしたらよいのだろう?そんな話を同世代の日本人研究者と話し合っていく中で、最も重要なのは太陽系探査のプレイヤーを増やすことと、科学的に魅力的で、工学的にも実現性がある日本独自の探査計画を多数プールすることだと思うようになりました。当時の日本で太陽系探査のプレイヤーを増やす工夫としては、近隣分野からの新規参入が呼び込めるテーマであること、今後 10 年以上コミットできる若手(特に私よりもさらに若い世代)を増やすこと、関東中心の地域性の垣根を超えて検討が進められること、などが考えられました。そうした検討の中で、実名・所属明記型の会員制 E グループである「MEF」の基本コンセプトが生まれました。その旗のもとに、従来の宇宙理学・工学の研究者にとどまらず、小・中学生、大学生、中・高校教師、公開天文台・博物館学芸員、アマチュア天文家、宇宙物質分析科学者、宇宙企業エンジニア、科学ジャーナリスト、SF 作家、海外在住の日本人研究者などが、自らの意志で 200 名以上も集まって下さいました。ソーシャルネットワークが個人をつなぎ、社会を動かすようになるよりも、はるか前の時代のことでした。
2000年05月25日の創立以来、活発なコミュニケーションが会員間で交わされました。夏には MEF 内部で小天体探査提案が公募され、当時の ISAS ミッションと同様な審査項目に基づく提案書が七本書かれました。また E グループ上で検討が始まって、独自の研究会にスピンオフしたアイディアとして、「黄道面脱出ミッション」もありました。これはその後、ISAS のソーラー電力セイル工学実証ミッション案と融合して、木星トロヤ群小惑星や木星逆行衛星の探査を検討する「オケアノス(OKEANOS)」構想に結実していきました。
公募七案は最終的に、当時の太陽系探査の中心人物であった理工学両分野の ISAS 教授らによる詳細な専門家評価、専門家と同じ審査表を使って各ミッション提案者同士で行った相互評価、そして MEF メンバー全員による複数の観点からの投票、という三つの異なる審査にかけられました。それらの総合評価の結果は、2000年11月に日本惑星科学会にて、2001年01月には ISAS 宇宙科学シンポジウムにて、プロフェッショナルに向けて発信されました。その後も国内外の学術会議でポスト MUSES-C 時代の小天体科学とそれを実現する統合ミッション案の発表を続け、2004年に「MEF レポート」最終版を発行しました。同年にこれをベースにした「次期小天体探査ワーキンググループ」が ISAS 宇宙理学委員会の下に認可され、やがて「マルコポーロ(Marco Polo(はやぶさ Mk-II))」や「はやぶさ2」提案を生み出す、「始原天体探査プログラム構想」につながっていきました。2000年から五年間の活動を経て、MEF 設立当初の目標は達成されたのです。
3. 七つの公募案と黄道面脱出ミッションは今
その後、MEF は体制を刷新し、新しい探査ミッションを持続的に生み出せる新世代を育成することを目指して、宇宙教育分野へと軸足を移していきました。それでも今から振り返ると、2000年に生み出された七つの小天体探査案と黄道面脱出ミッションは、過去二十年間だけでなく、将来にわたっても全世界の小天体探査の潮流と一致していることに気づきます(表 1)。
表 1 : MEF ミッション案一覧。2000年に MEF 内で提案された七つのポスト MUSES-C 小天体探査七案と、会員ページで検討された黄道面脱出ミッション案について、三種類の評価結果とその後に実現または構想された国内外の類似ミッションを比較した。(出典 : 矢野 - 遊星人(2001年)、MEF レポート(2004年)より改変)
ファミリーミッション(Koronis 族小惑星 [ Ida,Baikonur,Mimosa,Moultona ])
専門家委託評価順位 1
提案者相互評価順位 1
MEFメンバー投票順位 3
[ 2000年以降に実現または構想された類似ミッション ]
日本 : オケアノス(OKEANOS)検討案 2030年代打ち上げ予定 [検討中](木星逆行衛星ファミリーフライバイ & 着陸)
スペクトル既知 NEO マルチランデブー & サンプルリターン [ Nereus,Orpheus,1982 XBなど ]
専門家委託評価順位 2
提案者相互評価順位 1
MEFメンバー投票順位 3
[ 2000年以降に実現または構想された類似ミッション ]
日本 : はやぶさ2 2014年打ち上げ [ 運用中 ]
米国 : オシリス・レックス(OSIRIS-REx) 2016年打ち上げ [ 運用中 ](共に炭素質小惑星サンプルリターン)
米国 : ドーン(Dawn) 2007年打ち上げ [ 運用完了 ](メインベルト小惑星ベスタ(Vesta)& ケレス(Ceres)マルチランデブー)
CAT(彗星-小惑星遷移)天体ミッション(Wilson-Harrington 彗星)
専門家委託評価順位 3
提案者相互評価順位 5
MEFメンバー投票順位 1
[ 2000年以降に実現または構想された類似ミッション ]
日欧 : マルコポーロ(Marco Polo) 2018年打ち上げ予定(提案時)[ 不採択 ] ウィルソン・ハリントン(Wilson-Harrington)彗星着陸 & サンプルリターン)
日本 : デスティニープラス(Destiny+) 2022年打ち上げ予定 [ 開発中 ](3200 ファエトン(Phaethon)高速フライバイ)
Phobos & Deimos 着陸探査ミッション(Phobos&Deimos)
専門家委託評価順位 3
提案者相互評価順位 4
MEFメンバー投票順位 3
[ 2000年以降に実現または構想された類似ミッション ]
露欧 : フォボスグルント(Фобос-Грунт) 2011年打ち上げ [ 軌道遷移失敗 ](火星衛星着陸 & サンプルリターン)
日欧米 : MMX 2024年打ち上げ予定 [ 開発中 ](火星衛星着陸 & サンプルリターン)
ベスタ(Vesta)ランデブー
専門家委託評価順位 5
提案者相互評価順位 3
MEFメンバー投票順位 6
[ 2000年以降に実現または構想された類似ミッション ]
米国 : ドーン 2007年打ち上げ [ 運用完了 ](メインベルト小惑星ベスタ(Vesta)& ケレス(Ceres)マルチランデブー)
近地球型小惑星マルチフライバイ & 火星衛星サンプルリターン(NEO & Phobos)
専門家委託評価順位 6
提案者相互評価順位 7
MEFメンバー投票順位 5
[ 2000年以降に実現または構想された類似ミッション ]
露欧 : フォボスグルント(Фобос-Грунт) 2011年打ち上げ [軌道遷移失敗](火星衛星着陸 & サンプルリターン)
日欧米 : MMX 2024年打ち上げ予定 [ 開発中 ](火星衛星着陸 & サンプルリターン)
日本 : はやぶさ2発展ミッション 2020年開始予定 [ 検討中 ](複数 NEO フライバイ)
M タイプ小惑星ミッション(1986 DA)
専門家委託評価順位 7
提案者相互評価順位 6
MEFメンバー投票順位 6
[ 2000年以降に実現または構想された類似ミッション ]
米国 : Psyche Mission 2022年打ち上げ予定 [ 開発中 ](M 型小惑星プシケ(Psyche)ランデブー)
黄道面脱出ミッション + ソーラー電力セイル(木星トロヤ群小惑星)
専門家委託評価順位 N/A
提案者相互評価順位 N/A
MEFメンバー投票順位 N/A
[ 2000年以降に実現または構想された類似ミッション ]
米国 : Lucy 2021年打ち上げ予定 [ 開発中 ](木星トロヤ群小惑星マルチフライバイ)
日本 : オケアノス(OKEANOS)検討案 2030年代打ち上げ予定 [検討中](木星トロヤ群小惑星ランデブー & 着陸 & サンプルリターン)
まず、「複数のスペクトル既知近地球型小惑星へのランデヴー探査とサンプルリターン」は、現在「はやぶさ2」と「オシリス・レックス」が同時期に C 型と B 型小惑星からの試料回収に挑んでいる最中です。同一機による複数小惑星の連続ランデブー探査は、2007年に打上げられた「ドーン(Dawn)」によって、世界で初めて実現しました。
「CAT 天体(彗星・小惑星遷移天体)へのランデヴー・着陸探査」は、「はやぶさ Mk-II/マルコポーロ」提案に結実しましたが、ESA による第二選抜を突破できませんでした。現在、ISAS が開発中の「デスティニー・プラス」では、ふたご座流星群の母天体である CAT 天体ファエトンへの高速フライバイを2020年代後半に目指します。
「火星衛星フォボスとダイモスへの着陸探査」と「近地球小惑星への複数フライバイと火星衛星サンプルリターン」の二案は、2011年打ち上げられた「フォボス・グルント」での実現が期待されましたが、地球周回軌道からの遷移に失敗しました。その再挑戦を国際協力で行うのが、JAXA が2024年に打上げ予定の「MMX」です。また地球帰還カプセル分離後に「はやぶさ2」探査機が新たな近地球小惑星への複数フライバイを目指す、発展ミッションへの移行が検討されています。
HED 隕石の故郷であるためにサンプルリターンに準じる科学研究が可能となるメインベルト小惑星ベスタへのランデヴー探査」も、前述の「ドーン」探査機で実現しました。さらに分化天体の内部物質へ直接アクセスできると期待される「M 型小惑星へのランデヴー・着陸探査」は、NASA がディスカバリー計画として 2022年打上げ予定の小惑星プシケを探査する「Psyche」ミッションで実現します。
C 型よりもさらに始原的な物質を含むと考えられる D 型、P 型小惑星の宝庫である木星トロヤ群小惑星探査は、MEF 発足と同時期に検討が始まった JAXA のソーラー電力セイル計画「オケアノス」で、ランデブー・着陸・サンプルリターンが検討されてきましたが、いまだに採択に至っていません。NASAはそれを追い抜く形で、L4 点とL5 点の複数のトロヤ群小惑星を次々に高速フライバイしていく「ルーシー(Lucy)」ミッションを、2021年にも打ち上げる予定です。
最後に残った「ファミリーミッション」とは、同一母天体の異なる深さから派生した複数の小惑星からのフライバイ探査とサンプルリターンを目指す構想です。2000年の三種類の審査全てで高い評価を得たものの、技術ハードルも最も高いこともあり、国内外ともにミッションの採択に至っていません。最も近い構想は日本の「オケアノス」における、同族内の木星逆行衛星を複数探査する計画です。
4. 新時代の太陽系探査への道
二十年前に MEF は、「星の王子様のふるさとへ自分で作った宇宙船を飛ばしてみませんか?」というスローガンを掲げましたが、そこで生み出されたミッション案のほとんどが、国内外の小天体探査によってすでに実現したり、近い将来に実現することが期待されています。このことは決して偶然ではありません。太陽系探査の歴史や層の厚さでは米国に遠く及ばなかった当時の日本であっても、様々な分野や世代から集まった市民が真剣に、濃密に検討した結果として、賞味期限が数十年間は続く小天体探査ミッション群を、多数プールできたことを証明しているのです。それはまるで、ほぼ一世紀前に魯迅によって書かれた掌編「故郷」の結びの一節を、私たちに思い出させてくれます。
「希望は本来有というものでもなく、無というものでもない。これこそ地上の道のように、初めから道があるのではないが、歩く人が多くなると初めて道が出来る。」(井上紅梅 訳)
この間の二十年間で日本は、「はやぶさ初号機」と「はやぶさ2」を実施しました。また「かぐや」や「MMX」のようなトップダウン方式の大型探査計画や、「SLIM」や「デスティニー・プラス」など、イプシロンロケットを活用した小型探査計画は、各種学会が描くロードマップや日本学術会議の答申や宇宙政策委員会での議論を踏まえた存否が問われるようになりました。一方で、「プロキオン」や「エクレウス」のように、超小型探査機を使って大学が主導する太陽系探査計画や、「ハクト」や「ヤオキ」のように民間による月面探査なども、国内に根付きつつあります。海外ではスペース X 社やブルーオリジン社などの民間企業が、有人月探査や有人火星探査を目指した独自の開発を進めています。そうした太陽系探査の新潮流が渦巻く「ウィズコロナ、ポストコロナの時代」に、MEF のような市民参加型探査はどんな道を作る可能性を秘めているのか?私たちはいま、改めて熟考すべき時を迎えていると思います。
参考文献
矢野創:小天体探査フォーラム:市民参加型惑星探査の作り方、遊星人、10、No.3、 p138-、 (2001年)
小天体探査フォーラム(MEF)編: MEF レポート:ポストはやぶさ時代の小天体探査(改訂版)、全237 ページ、(2004年)
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