The Planetary Society of Japan

SCI / DCAM3 と衝突の科学

Updated : October 12, 2016 - はやぶさ2からポストはやぶさ2へ

日本惑星科学会誌「遊星人」 Vol. 22, No.3, 2013 掲載

○ 荒川 政彦(神戸大学),和田 浩二(千葉工大),はやぶさ2 SCI / DCAM3 チーム

この原稿元ファイル:[ 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第22巻(2013)3号 - PDF ]
 

要旨

はやぶさ 2 には小型の衝突装置(SCI)が搭載されており,これは秒速 2 km で小惑星表面に衝突してクレーターを形成する.このクレーターは小惑星内部を覗くための小窓であり,リモートセンシング観測やサンプル回収から,小惑星表面の宇宙風化や浅内部構造に関する知見を得る.一方,SCI が衝突する様子は分離カメラ(DCAM3)により撮影され,イジェクタカーテンの拡大する様子や小惑星周囲を飛び交うダストを観察する.SCI による小惑星への衝突は宇宙衝突実験ともいえる.我々はこの世界で最初の小惑星における宇宙衝突実験の機会を利用して,微小重力下における「本物の小惑星物質」のクレーター形成過程を明らかにする.
 

1. 惑星科学と衝突

1 - 1. SCI の目的

SCI とは Small Carry-on Impator の略で,日本語では小型搭載型衝突装置と呼んでいる機器である.はやぶさ 2 では,はやぶさ初号機と比較して幾つかの新しい試みがなされているが,この SCI はその中でも最もチャレンジングな試みである.また,このチャレンジをその場で観測するために分離カメラ(DCAM3)が搭載されている.簡単に SCI の機能を説明すると,SCI は,母船から切り離された後,ライナーと呼ばれる約 2 kg の弾丸を爆薬により加速し,衝突速度約 2 km/s で小惑星表面に衝突させる機器である.また,DCAM3 は,この SCI の衝突過程を観測するカメラであり,SCI の衝突前に母船から切り離されて観測を行う.

SCI の目的は非常に単純で,単に小惑星の表面に穴を掘ることである.この穴が小惑星の内部にアクセスする小窓となり,表面のリモセン観測だけでは得られない様々な情報をもたらしてくれるはずである.さらに穴をあけた時の放出物(イジェクタ)も貴重な観測対象である.放出物には様々な深さから出てきた物質が含まれているはずなので,これを採取したり観測することにより,小惑星内部の情報に確実にアクセスできる.このように SCI は表層掘削の手段であり,その意味ではテンペル第一彗星に対する Deep Impact や月に対する LCROSS など,NASA が行った衝突機を用いた惑星探査の延長上にある.両者は主として放出物の観測に重点を置いており,地上望遠鏡でも観測できるほど大規模な放出物の形成を目標としていた.そして Deep Impact では放出物の観測に成功したが,LCROSS では地上望遠鏡からの観測はかなり難しかったようである.また,両者ともクレーター孔の同定には非常に苦労したようである.SCI は両者と比べて遙かに衝突エネルギーが小さく,そのため形成されるクレーターも小さく,放出物の量も少ない.ただ,衝突前後の小惑星表面を詳細に観測できるという点で 2 つの探査にはないアドバンテージがある.はやぶさ 2 では,形成されるクレーターは小さいが,< 10 cm/pixel という高空間分解能の可視カメラ(ONC)で観測する予定であり,また DCAM3 による衝突時のその場観測も予定している.我々はこれらの手段により,確実に衝突放出物と衝突点を捉える予定である.

一方,衝突探査には避けては通れない問題がある.それは衝突時に形成されるクレーターサイズなど,クレーターの物理量に関する事前の予想が難しいということである.はやぶさ 2 が探査対象とする小惑星 1999 JU3 の場合もそうであるが,天体表面の状況は行ってみるまでわからない.探査計画を立案する上では,衝突規模の見積もりは安全性や観測可能性の検討の上でも必須であるが,この検討が極めて難しいのである.従って,事前の計画ではあらゆる可能性を検討することになるが,あまりにも悲観的な見積もりをすると SCI を撃つこと自身に意味が見いだせなくなる.我々が,SCI の科学目標を検討して行く中で一番困ったのがこの点である.そこで,我々は,この SCI の持つ穴掘り機能を宇宙における衝突実験と見なして,その科学的意義について見直すことにした.その結果,非常に小さな穴であっても,それはその小惑星の表面物性を表すものであり,さらにその物性において得られる衝突クレーターの情報は,地上では得られない貴重な実験データとなることに気づかされた.
 

1 - 2. 地上実験と惑星衝突をつなぐ宇宙衝突実験

はやぶさ 2 で SCI が搭載されることになったのは,これまでの日本の惑星衝突に関する研究とは無縁でないと思う.その搭載には様々な議論があったと思うが,結果として 30 年以上行われてきた日本の衝突実験の実績を生かす良いチャンスとなった.日本では 1980 年代に惑星衝突に関する室内実験が本格的に開始されて以来,一時は研究が下火になった時期もあったが,衝突破壊やクレーター形成に関する研究が次々と新しい視点から行われてきている.

世界的に見れば衝突クレーターに関する研究は,1990 年代には地上実験とそれに基づいた解析から理論(スケーリング則)が整備され,クレーターサイズやイジェクタの速度分布などが予測できるようになっていた [1].このクレーター形成に関する理論を用いると SCI により形成されるクレーターの物理量を推定することが可能である.しかしながら,この理論は均質標的に対して構築されたものであり,そこから大きく外れる性質を持つ表層に対して応用することは難しい.2000 年代に入って頻繁に行われるようになった小惑星探査から,エロスのような岩石質の一枚岩天体だけでなく,C 型小惑星のマチルデのように 50 % 以上の高い空隙を持つ天体やイトカワのようにラブルパイル構造を持つ天体までも発見され,小惑星の表層は多様であることが改めて認識された.その結果,現在のクレーター形成に関する研究では,空隙率,物質強度,粒径などといったこれまでスケーリング則構築の上であまり考慮されてこなかった要素がクレーター形成に及ぼす影響を調べることが中心となっている.一方,実際の小惑星を構成している表層の物性を推測することは困難であり,その一部分を隕石の物性から類推するしかない.

スケーリング則は,室内実験の結果を実スケールの天体衝突に応用するために提案されているが,本当にこのスケーリング則を信じて cm スケールの結果を km スケールの現象に適用して良いのか常に心配になる.このスケールの問題としては,物質強度の減少や重力の影響などが挙げられるが,地上実験では両者とも実現するのが難しく,その多くは数値シミュレーションによる研究に依存しているのが現状である.

このように小惑星衝突を模擬する地上実験(数値実験も含む)には,対象物の不定性と物質強度や重力などのスケールに由来する問題が常に存在しており,これを解決するのは極めて困難である.SCI による小惑星表層への衝突は,地上実験では解決が難しいこの 2 つの問題に対して,解決の糸口を与えてくれる.すなわち,SCI の衝突は,(1)本物の小惑星の表面を標的にしている,(2)弾丸大きさが1桁以上大きい,(3)標的は微小重力下にある,という地上では得難い 3 つの特徴を持っており,衝突実験としてはまたとないチャンスである.こうして表面の穴掘りのために搭載された SCI は,本物の小惑星における世界初の宇宙衝突実験のための装置として見直されることになった.
 

2. 小型搭載型衝突装置と分離カメラ

2 - 1. 機器の紹介

2 - 1 - 1. 小型搭載型衝突装置(Small Carry-on Impactor)
 

図 1a. 小型搭載型衝突装置(SCI)の概観.
 

この装置の概略を図 1a に示す.サイズは直径 30 cm,高さ 30 cm ほどで,質量は約 20 kg となっている.母船の - Z 面(アンテナとは反対側の面で小惑星に対峙する)に設置され,分離機構により小惑星へと投下される.
 

 

図 1b. 小型搭載型衝突装置(SCI)爆薬部の断面図.
 

内部にはコーン型の爆薬部があり,このコーンの底面に円盤型のライナーが取り付けられている(図 1b).ライナーは質量 2.5 kg,直径 26.5 cm の銅板であり,コーン中のプラスチック爆弾の爆破によって加速される.その加速による初速度は 2 km/s 程度である.ライナーは加速中に徐々に中空の球殻へと変形していく.最終的には直径 15 cm 程の半球殻状の弾丸に成形され,質量 2 kg 以上に保って小惑星に衝突することが期待されている.これまでに SCI の実爆実験が野外試験場で実施されているが,その実験からこの半球殻は,加速時に回転運動が加わることがあり,衝突時の弾丸の衝突面は制御できないことが分かっている.球殻の閉じた方向からぶつかる場合と球殻が開いた方向からぶつかる場合でクレーター形成に対して何らかの影響があるのかは,模擬 SCI 弾丸を使用した室内実験により確認していく予定である.一方,このような半球殻の弾丸は通常の室内実験では利用しないため,この半球殻弾丸に対してスケーリング則を適応する時に問題が生ずる.それは,直径 15 cm 程度の外形は持つが,中空まで含めた時の密度は銅よりかなり低くなるという点である.通常の弾丸は中味が平均的に詰まった球形もしくは円筒形であるので,そのような弾丸と比較した場合,この半球殻弾丸をどのように扱うべきかについても室内実験で確認しておく必要がある.
 

 

2 - 1 - 2. 分離カメラ(Deployable CAMera 3)
 

図 2. 分離カメラ(DCAM3)の構造.
 

分離カメラは,SCI 運用時に母船から分離して,衝突の様子を撮影する小型可視光カメラである.その原型は,小型ソーラー電力セイル実証機 IKAROS に搭載された Deployable CAMera 1, 2 であり,そのヘリテージを生かして,はやぶさ 2 において開発されている(そのため通称 DCAM3 と呼ばれる).この DCAM3 は,図 2 にあるように直径 78 mm の小さな筐体であるが,その中にミニ衛星の機能を詰め込んである.それらは,レンズ,光学センサーユニット,バッテリー,送信機ユニット,それにアンテナである.また,この DCAM3 には冗長性を考慮して二種類のカメラユニットが搭載されている.それは,科学観測に用いるデジタル系カメラと工学モニター用のアナログ系カメラである.デジタル系カメラが急遽,準備不足の状態で搭載されることになったため,そのバックアップの意味もありアナログ系カメラとの同居となった.この二つのカメラを区別するためにデジタル系カメラを DCAM3 - D,アナログ系カメラを DCAM3 - A と呼んでいる.ここでは科学観測に用いる DCAM3 - D に関して簡単に紹介する.
 

このカメラの特徴は非常に広い視野を持つことである.距離 1 km 程度離れた位置から後述するように爆発前の SCI と小惑星上での衝突地点を撮像できるように 74° x 74° の視野を持つ.その爆発前の SCI, すなわち母船との分離後に小惑星へと落下する小さな SCI 本体を観測し,かつ放出されるイジェクタも明瞭に撮像するために明るくシャープに撮像可能な光学系を持つ.光学センサーは 2000 x 2000 pixel の画素数を持つ CMOS である.この光学系で得られる空間分解能は,撮影対象までの距離にもよるがおおよそ数 10 cm/pixel から1 m/pixelとなる.なお,取得する画像の階調はモノクロ 8 bit である.
 

 

図 3. 分離カメラで撮像した衝突クレーターの想像図.NASA dawn-image-072311 を改変.
 

カメラで観測する被写体は SCI 運用の時間とともに変わっていく.DCAM3 は,母船が小惑星の裏側へ避難する途中で分離されるが,姿勢を安定化させるために光軸と回転軸が一致するような回転が分離時に与えられる.分離時にはまず SCI の落下を観測する予定である.SCI 表面から散乱する太陽光を観測することにより,SCI が点火・発射されるまでの軌跡を追尾する.SCI 発射後からは,小惑星表面から成長するイジェクタカーテンの観測を行う(図 3).この期間は,100 m/s までの高速のイジェクタを観測する事を狙って毎秒 1 枚づつ撮影を行う予定である.イジェクタカーテンは,小惑星の重力により徐々にその形状を変化させ,最終的にはダストの数密度が低くなりカーテンとしては認識できなくなる.そのためイジェクタカーテンの観測は 20 分程度を予定しており,その後は,小惑星の重力により落下する個々のダストを観測する.このダスト観測モードでは,10 秒おきに 5 x 5 binning 画像を取得し,カメラの周囲を通り過ぎるダストの撮影を試みる.DCAM3 の電源の寿命は 1 ~ 2 時間であるので,この寿命が尽きるまでダスト観測を行う.ただ,小惑星の重力によっては電源寿命以前に小惑星に落下・衝突する可能性もあるため,その場合は衝突により DCAM3 が故障した時点で撮影終了となる.
 

2 - 2. SCI の運用シナリオ

図 4. 小型衝突装置(SCI)の運用シーケンス.
 

図 4 に SCI の運用シナリオを示す.まず,母船の制御により小惑星上に SCI の照準を合わせる.その後,小惑星から高度 500 m の位置で SCI は母船から切り離される.切り離しと同時に母船は退避マヌーバを開始し,SCI の爆破後の破片や小惑星からの放出物の直撃を受けない位置まで移動する.移動の途中,ちょうど SCI 衝突を真横から観測できるような位置で DCAM3 を分離する.DCAM3 はその時点から撮影を開始し,SCI が小惑星に落下する様子を観測し続ける.はやぶさ 2 が,DCAM3 とは通信可能であるが,衝突デブリからは安全な位置にまで退避した後,SCI は点火され弾丸が発射される.

SCI 衝突後は,母船は最低 2 週間,衝突によるダストが小惑星周囲から消えるまで退避を続ける.その後,衝突孔の探索を行うためにホームポジションに復帰する.この時,予測される最大径のクレーター(10 m)が形成されているなら,可視カメラ(ONC)により観測できるはずである.この後,衝突クレーター付近からサンプル採取を行うために,衝突孔を探すことになるが,DCAM3 で観測した衝突点を参考に徐々に高度を下げながらクレーター孔探しを行う.運良く(?)クレーターが見つかれば,ONC 以外のリモセン機器(近赤外線分光計 NIRS3,中間赤外カメラ TIR,レーザー高度計 LIDAR)でも詳細観測が可能となる.さらに,クレーターのサイズやクレーターが形成された周囲の地形等を考慮しながら可能であればサンプル採取を試みることになる.
 

3. 宇宙衝突実験

3 - 1. 衝突条件を押さえる

SCI 衝突を宇宙衝突実験として考えた時,室内実験と同様に衝突条件を押さえることが重要である.弾丸の衝突速度や質量は,その場観測はできないので地上の実爆実験の結果から推定することになる.ただし,これまでの実爆実験の結果を見ると再現性は良いようである.一方,SCI 弾丸は,母船から分離した後,真っ直ぐ小惑星に向かって飛ぶとは限らない.そのため衝突角度は実測する必要がある.角度の計測には SCI の点火位置を正確に求める必要がある.切り離し時の母船の速度誤差や切り離し後の SCI のニューテンションの大小により衝突位置の精度が決まる.そこで切り離し後の SCI の運動を知るために母船から SCI が落下する様子を,ONC で撮像する予定である.ONC による分離後の SCI の観測と DCAM3 による SCI の発射高度の記録から発射点を決定する.この発射点と小惑星表面の着弾点を結ぶことにより,実際の衝突角度を求めることができる.さらに,着弾点付近は事前に ONC によりあらかじめ撮像しておくことで,局所的な衝突面の傾きや 凸凹 具合などの情報も考慮して衝突角度を推定する.
 

3 - 2. スケーリング則への貢献

実際の小惑星表面において既知の衝突条件でクレーターを作ることができれば,それは今後の衝突研究における重要なベンチマーク(基準点)になるはずである.地上実験では,小惑星のアナログ物質を用いて実験するしかないが,このアナログ物質を選定するためにも貴重なデータとなる.衝突クレーターのスケーリング則には,クレーターサイズやイジェクタ速度を表すものがあるが,それらのスケーリング則を現実の小惑星上の衝突実験から検証・改訂することができる.例えば,クレーターサイズに関しては,1999 JU3 のような微小重力下で重力がクレーター形成に対してどのように影響するかは,これまで良く分かっていない.まず,地上実験の例が少ないのと,その結果も研究毎に矛盾している[2].微小重力下での衝突クレーターの形成は,小惑星だけでなく,微惑星の様な微小天体上でも頻繁に起きていたと考えられる.従って,この過程は小惑星の衝突進化だけでなく,惑星形成論を研究して行く上でも重要な素過程である.もちろん,1999 JU3 が微惑星というわけではないが,微小重力下に長期間おかれた表層・内部構造を持つ天体という意味では,微惑星のような力学構造を持つ天体と言えるかもしれない.くどいようだが,地球上で微小重力実験を行うのは至難の業である.確かに落下棟や専用の飛行機を使えばある程度長時間の微小重力を作り出せるし,それだけの時間があれば衝突実験は可能である.しかしながら,問題は実験時の微小重力だけではない.その標的試料そのものが微小重力下で準備されていなければ不十分なのである.地上実験では 1 G の元で標的を準備するため,砂であれガラスビーズであれ自重による圧縮を受けている.また,1 G 下では砂やビーズ同士の結合力より,はるかに重力が大きいため 100 μm 以上の粒子では,ほぼランダム最密充填となってしまう.一方,微小重力下では粒子同士の結合力のため,ある程度大きな粒子サイズであっても重力に抗して構造を保つことが可能となり,最密充填より遙かに大きな空隙率を持つことができる.微惑星や微小天体の表層はそのような状態になっているのではないかと想像する.そういう意味でも 1999 JU3 への衝突実験は,微小重力下での衝突過程に関して我々に全く新しい知識をもたらしてくれる可能性がある.

クレーターサイズのスケール則の構築に関しては,SCI 衝突だけでなくサンプラーによる衝突クレーターも参考になる.サンプラーでは 300 m/s で弾丸を発射し放出される破片を資料として回収する機構を採用している.この衝突によって最大 1 m 程度のクレーターが形成される可能性があるが,衝突条件は SCI とは大きく異なる.SCI 衝突地点をサンプリング地点に近接させることができれば,表面状態が似通った条件で,衝突速度や弾丸サイズの異なる実験データを得ることができる.これは,はやぶさ 2 の探査データのみでクレーターサイズに対するスケーリング則のパラメーターを決めることができることを意味しており,宇宙衝突実験には SCI だけでなくサンプラーの衝突孔観察も重要である.

一方,イジェクタの速度分布に関するスケール則は,クレーターサイズほど確立したものではない.イジェクタの速度分布は,天体の衝突破壊・再集積,レゴリス形成,それに惑星間塵の生成率を調べるためには必須の素過程であるが,3 次元的に広がる多数の高速飛翔粒子を計測するという実験的困難さからその研究はあまり進んでいない.現在でも速度分布を計測するための室内実験が引き続き行われている.先行している理論的研究によれば,クレーター中心から放出されるイジェクタの速度分布はクレーターサイズのスケーリング則と同じく点源近似と終段階有効エネルギーに関連するパラメーターで記述できることが分かっている.一方,クレーターリム付近では,その理論からは外れた挙動を示すことが分かってきた.リム近傍では,粒子間の固着力など表層物質の性質に依存している可能性があり,この領域の室内実験を進めることが SCI のイジェクタカーテンを解析するには重要であると思われる.

イジェクタの速度分布は,DCAM3 により観測されたイジェクタカーテンの形状やその時間変化を解析して求める予定である.しかしながら,イジェクタカーテンの形状から速度分布を求めるような研究はこれまで室内実験では例がなく,我々は,まずこの解析手法の構築から始めなくてはならなかった.現在,個々のイジェクタ粒子の軌跡とその粒子が作るイジェクタカーテンの関係を理論的に整理し,その結果得られた理論式に基づいた解析手法を試験中である.SCI による宇宙衝突実験を成功させるためには,室内実験を中心として検討すべき課題が数多く残されている.
 

3 - 3. 本当はもっと複雑

1999 JU3 の表面はいったいどの様になっているのであろうか.当初,SCI の衝突クレーターの検討においては,砂面と岩盤の 2 種類を典型的な例として検討していた.しかしながら,イトカワの表面やマチルデの空隙率を考慮し,その後,さらに検討を重ねた結果,現在では図 5 にあるような分類を考えている.表面を特徴づける量としては,構成物の強度,サイズ,空隙率が挙げられるが,粉体層(粒径 1 mm 以下)では,バルクの強度が重要であり, 粒子層(粒径 1 mm ~ 1.5 m)では,バルク強度はほぼ 0 となるので個々の構成粒子の強度が重要となる.一枚岩では,もちろんバルクの強度がクレーターサイズを制御する最も重要な物理量である.1999 JU3 の表面は図 5 にあるすべてが可能性のある表面となる.従って,SCI によって形成されるクレーターサイズを検討するには,これらすべての想定される表面状態において形成されるクレーターの特徴を押さえておく必要がある.これまでの研究から推定される衝突クレーターの大きさやイジェクタカーテンの特徴を表 1 に示す.また.それぞれの表面状態においてクレーター形成を支配するメカニズムも列挙している.これまでの知見から予測可能な表面状態もあるが,粒子サイズの影響や粉体上に形成されるクレーターの研究などは,さらなる詳しい研究が必要である.均質標的に対して構築された既存のスケーリング則が多様な表面に対してそのまま利用できれば良いが,そうでない場合には,スケーリング則の改訂を含むクレーター形成メカニズムの探求まで考慮したしっかりした研究が必要となる.これまでのように実験室の良く制御された均質な標的だけを見ていては,SCI 衝突実験の結果を十二分に理解して,そこから重要な物理を引き出すことはできない.今後は現実的な小惑星表面での衝突過程を扱うことができる理論を整えてく必要がある.
 

図 5. 小惑星表面の多様性.
 

 

表 1. 小惑星の表面多様性と予測されるクレーターサイズ.
表面地形の分類:表層構造均質ケース.
 

 

3. まだまだ先は長い

我々は,はやぶさ 2 プロジェクトの中で SCI / DCAM3 によるサイエンスを実現するために様々な検討を重ねてきた.一方,SCI がその発射時に生成する自身のデブリや小惑星表面から発生するイジェクタは,母船に対して極めて危険な存在である.それ故,我々は SCI 運用のリスクとそれに見合った科学的価値があるかどうかを常に問われてきた.リスクに関しては今後も検討を重ねてはやぶさ 2 プロジェクトが破綻しないように注意していきたいと思っている.サイエンスの検討は,ここまで書いてきたように地上実験を含めて我々がやらなくてならないことは多く残っている.宇宙衝突実験という新しい探査の形をしっかりと実現して行くためにも,一つ一つステップを踏んで実績を積み重ねて行くつもりである.さらに,DCAM3 の開発は現在佳境を迎えている.他の機器と比べてかなり遅れて開発が始まったこの機器は,常にプロジェクトのお荷物として迷惑をかけ続けている.開発メンバーは最高のパフォーマンスで仕事をこなしてくれているが,それ以上に課題が増えるという状況がずっと続いている.今後半年は厳しい開発状況が続くと思われるが,SCI により最高のサイエンスを実現するには DCAM3 は無くてはならない機器であるので,なんとか開発を成功させたいと思っている.

最後にこの SCI / DCAM3 について我々の意気込みをまとめてみたい.小惑星への人工クレーターの形成実験は世界初であり,その詳細観測により,天体衝突過程に関するベンチマークが得られると期待される.我々は,以下をモットーとして衝突の “ SCIENCE ” を発展させることに努める.

Small Carry-on Impactor Elucidates the Nature of Craters and Ejecta( SCIENCE).
 

 

 

CATEGORY: 次世代太陽系探査

... ...

Creating a better future by exploring other worlds and understanding our own.