The Planetary Society of Japan

ブラウン惑星人の日々 October 2016

ハーバードブリッジから MIT に向かう

POSTED BY: Takahiro Hiroi | DATE: Octber 18, 2016

東京では異例の雪が降ったようですが、どうやら私がそちらに出張する来週から2週間はまだまだ暖かい晩秋の気候のようですね。今回の帰国予定は以下のようなものです。

突然ですが、長年愛用してきたTIMEXの腕時計が死んでしまいました。おそらく15年かそれ以上使い続けた愛用の時計だったのですが、裏蓋を外して電池を自分で交換しているうちに、きっと防水性が弱まったのか、ある時、ぬるま湯につけて洗っているときに泊まってしまいました。水が入ったのだと思います。残念ですが、だんだんボタンが押しにくくなったり、アラームが鳴らなくなったりしてきたので、そろそろ潮時だったのでしょう。

それで出番になったのが、次の写真にある、カシオの女性用腕時計です。これは、私が日本に行ったときや、通販で娘や妻のために買っておいたのが余ったもので、割と安いながら、ストップウォッチとタイマーの両方が付いた優れものです。ただ、電光表示ができないのと、タイマーは、よく見ると分かるように、液晶のすぐ上に右から左へと水平に並んでいる、1、2、3、5、10、15、20、30分という固定した時間しか設定できません。ところが、私の用途は、実験室でFT-IRの測定終了を知らせるのが大半なので、普通は5、10、15分のどれかなのです。なので、実際、以前より簡単に使えて、小型軽量だし、非常に今は重宝しています。

上画像:壊れた古い時計に取って代わった私の新しい女性用腕時計

昨日も、あのボストンマラソン爆弾事件のあったCopley Squareの近くにあるCapital One CafeでのMeetupに参加した後、歩いて2.5㎞くらいのMITのTang Centerでの日本人研究者の会に出ようと向かう間も、道を探りながら時間を常にチェックするのに役立ちました。地下鉄のGreen LineとRed Lineで行けるのですが、乗り換えなどに時間かかるかもしれませんし、歩いた方が、運動になるし時間の推定もしやすいので、25分で行けると見積もって向かいました。

このルートは、いつも通る橋とは違う橋を経て、MITに逆方向から行くので心配でしたが、次の写真のように、このHarvard Bridgeはとてもきれいで幅広くて快適でした。向こう岸に渡って右側に、有名な丸いドーム型の屋根を持つ建物と、その右に、屋上に白い球状アンテナのようなものを持つ惑星科学系の研究室を含む高い建物が見えます。最近は朝晩が40度F台とかになりますが、まだ川が凍るような寒さではなく、来週も最高70度F台になる日もあって、ひと時の過ごしやすい季節です。

上画像:昨日歩いて渡ったハーバード橋。向こうの右手に見えるのがMITのビルの群れ。

向こう岸にわたって、右に回り、セミナー会場に向かうと、左側はMITの建物のシリーズで、次の写真は、さっき遠くから丸いドーム屋根が見えていた、MacLaurin Buildingsです。どうやら複数の建物が連なっているらしいです。さすがに土曜日の午後なので、人通りも少なく、ゆっくりとした雰囲気が伝わってきますね。もちろん、こちら側はチャールズ川の土手に面した、いわば裏側で、向こう側の地下鉄やバスや商店で賑わっている方とは当然違うのですが。

上画像:丸いドーム屋根で有名なMITのマックローリンビル群。

次に見えてくるのが、Simons Buildingで、大きく刻まれたニュートンの名前とともに、その上に、チコ・ブラーエ、ガリレオ、ケプラー、エヴラー(?)、ダランベール、ラグランジュ、ラプラス、ハーシェル、アダムス、ヒル、ポアンカレと並んでいます。やっぱり、ニュートンは別格なんでしょうね。とにかく、天体力学の完成者ともいえますから。

上画像:MITのシモンズビル。有名な科学者たちの名が刻まれている。

そんなこんなして、MITのTang Centerにたどり着くと、4時ちょっと過ぎで、やはり25分程度で行けました。かなり速足で歩きましたが、途中止まって写真を撮ったりしていたので、本当はもっと頑張れるのでしょうが。今回は詳しく書けないのですが、セミナーは、生体内を調べる医療機器と、聖書の話でした。

最近知ったのですが、日本学術振興会(JSPS)のワシントンオフィスがいろんなことを主宰していて、今度は11月12日にハーバード大で医療関係の一般公開セミナーおよびレセプションがあるそうです。
http://jspsusa.org/wp/11122016_the-japan-us-science-forum-in-boston-cambridge-ma/

一応私も異分野ながら興味があるので参加しようと思っています。そういえば、先日はボストン総領事館と一般の会社との提携で危機管理に関するセミナーが下町の高級ホテルであり、多くの日本人が参加していました。レストランにいて、近くで爆弾テロがあったらどうするか、モール(商店街)で銃撃テロがあって隠れていたら友人がけがをして助けを求めてきたらどうするか、などなど、かなりリアルとも映画のシーンとも思えるような想定での判断を問いかけられました。テロ事件を身近で経験したものとして、他人ごとではない気がしました。

今の直近の課題は再来週のセミナーの準備と、11-12月の日本での学会発表の準備ですが、今年度をもってJSPSの科研費は終わってしまうので、炭素質コンドライトの分光・測光性能と宇宙風化の問題を解明する研究をどう継続していくかが大きな問題です。そして、もちろん、はやぶさ2チームでいろんな責任を任されているにもかかわらず、旅費がないので身動きが取れません。遠隔で、日々の仕事に忙殺されている毎日では限界があります。JSPSは日本にいる日本人や、海外にいる非日本人や、帰国して日本で給料をもらえる予定のある日本人には申請できる研究費の枠を提供していますが、海外にいる日本市民で、日本には一時帰国しかしない研究者たちの給料を賄う制度はありません。NASAなりの海外で研究費を取ってきてやれということでしょうが、長期にわたる場合、それも難しく、サバティカルがない私の場合、個人的な無給休暇(Personal leave of absence)を使うくらいしかなく、生活をやっていけなくなります。

私は今は亡き母のおかげで日本育英会の奨学金(学生ローン)も全額返済したし、今年度までの5年間の科研費でも基盤Cの380万円程度を切り詰めて毎年3回程度の出張で実験や学会で貢献してきたし、論文も今2本出版して、あと2つ書くだけだし、はやぶさ・はやぶさ2にも無償で貢献してきたし、いろんな試料も優先的に測定し、未発表のデータもアイディアも無償で提供してきたし、これ以上何が足りないというのでしょうか?

まあ、とにかく、いくらそんな目にあったとしても、人生は経験が重要なので、その状況の中でも最大限に楽しんで有意義に生きるしかありません。最近のドラマ「半沢直樹」や「下町ロケット」などには勇気づけられますし、日本にはそのように苦労しながらも夢を持ち続けて頑張っている人たちが多くいるのでしょうね。いずれにせよ、もし人生に勝敗があるとすれば、私は最後には勝者になるつもりで人生を進んでいます。

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